「無題」すずめの戸締まり よっちゃんイカさんの映画レビュー(感想・評価)
無題
これまでとは明らかに違う。
そう感じた。
いや、災害というものがテーマである点では「君の名は。」「天気の子」と変わらない。
が、前二作と明らかに違うテーマが一つあるし、災害の描き方にしても二作品を経て確実に深化している。
そう感じた。
僕は「君の名は。」や「天気の子」を劇場で見た時とても微妙だと感じた。
特に天気の子はラストが「なぜそうなるんだ!」と憤りに近い感情さえ抱いた。
ただ、その時から歳を取って気づいた。
“世界か好きな人かの選択を迫られた時に迷わず好きな人を選べる純粋な心の貴さ”に。
この貴さに気づいた時に初めて天気の子の良さがわかった。
すずめの戸締まりでも“世界か好きな人か”の選択を迫られるシーンがある。
ここで初めて天気の子とは違い、鈴芽はセカイを選ぶ。
もちろんそのあと草太を救う旅がすぐ始まるのだが、一時的であれ鈴芽が世界を選択した。
この違いは大きい。
一体監督の心境にどんな変化があったんだろうか。
さらに結局草太を救ってもミミズは解き放たれずダイジンがまた要石になって地震は起きない。
天気の子とは真反対の世界も自分達のセカイも救われるスーパーハッピーエンドになっている。この違いも衝撃だった(天気の子のエンドが強烈すぎたのかもしれないが)。
さらに「君の名は。」「天気の子」と決定的に違うのがテーマに“僕(私)と好きな人”という恋愛関係だけではなく“親子もの”のテーマも入ってきたこと。
君の名はでは親の存在はそこまでフィーチャーされてなかったし、天気の子に至っては全く描かれなかった。
そんな中今作で鈴芽が母を思う気持ち、鈴芽と環の親子のような関係に踏み込んで描かれたことにとても驚いた。
このように前二作では描かれなかったテーマが描かれているということで「君の名は。」「天気の子」がハマらなかったという人にも一度ぜひ見てほしいものだ。
そして本作が前二作と共通して描いてるのが“災害”だ。
監督は神戸新聞の取材でこう答えてる
「(東日本大震災を目の当たりにして)例えば明日、何か大きな災害が起こるかもしれない。自分の住んでいる場所が、明日にはなくなっているかもしれない…。そんな無常感が、心の土台にインストールされてしまったという感覚があります。」
(ちなみにこのインタビュー記事を全部読んで泣きそうになってしまったくらい素晴らしい記事なので是非読んでみてほしい)
新海監督は地震の起こる原因を“ミミズ”に仮託した。天気の子や君の名は。では主人公は“巫女”だった。
僕は見てる時「新海監督は自然現象を神の仕業にする」ことに昔の人々を思い浮かべていた。
地震が起こるのは鯰が暴れるからと信じられていたあの頃の人々を。
これらの思想の原点は東日本大震災で監督が感じた無常感だったんだなと初めて腑に落ちた。
そしてこの震災描写も鈴芽たちが扉を閉じていくという冒険譚にうまいこと含まれていて「大規模公開されるエンタメアニメーション映画」に上手いこと消化されてるのも良かった。
加えて日本神話の要素が過去二作より色濃く出てるのも興味深い。
物語の始まりの宮崎県は日本に神様が最初に降り立った伝説がある土地だし、初代天皇の神武天皇はこの地から東征して大和へ行った伝説もある。
大体主人公の名前の岩戸鈴芽が天岩戸伝説のアメノウズメのミコトに由来することは監督自身も語っている。
天岩戸伝説で扉が開かれるきっかけを作ったアメノウズメに由来する鈴芽が扉を最初に開いたことがきっかけで数々の災いが起こるのも興味深い点。
それでいて監督が一貫して人柱に対して否定的に描いてるのも興味深い。
災いを草太や陽菜がその身をとして抑えたり、宿命を受け入れたりすると、帆高や鈴芽が救いに行く。
「宿命なんて知るものか、お前は生きたいんだろ!世界のために自分を犠牲にしなくても良いんだよ!!」というような監督の声が聞こえてくるようだった。
三部作の完結にふさわしいこれぞ新海監督というような素晴らしい映画だった。