劇場公開日 2022年11月11日

「忘却への危機感に動かされた攻めの震災描写、だからこそ賛否あって自然」すずめの戸締まり ニコさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5忘却への危機感に動かされた攻めの震災描写、だからこそ賛否あって自然

2022年11月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 新海監督は、10代20代の世代と東日本大震災の記憶が共有できなくなってゆくことを恐れて、今回あえて直接的な表現に踏み込んで本作を作ったという。
 震災のインパクトは当時日本にいた人間にはみな刻まれているが、その時の個人的経験や心に受けた影響はひとりひとり違っているはずだ。現実の事象に触れる作品を見る時、そういった個別の記憶の作用から逃れることは難しい。その感想が作品の出来を超えてさまざまになるのも当然のことだと思う。
 映画レビュー全般に言えることでもあるが、このような性質を持つ本作は特に、他のレビュアーの自分と違う評価を安易に貶めるということはあってほしくない。
 当時幼な過ぎて、大人が受けたほどのインパクトを心に留めきれなかった年齢層に訴求する作品を見て、今も強烈な記憶を抱えた客層の反応が敏感になるのは十分あり得ること。もしそこから批判が生じても、監督は甘んじて受ける覚悟を持って本作を作ったはずだ。
 監督の12歳の娘には、震災にまつわる記憶が全くないという(考えたら当然だが)。そういった身近な若い世代から、監督は震災体験が風化する危機を肌で感じた。ダイレクトな映像表現はその危機感の表れとも言える。

 ただ、インタビューなどから伝わる監督の覚悟と、東日本大震災の直接的な描写があることにほぼ言及しないプロモーションには何だかズレを感じた。地震描写や緊急地震速報についてあらかじめ注意を促すなら、直接的な描写のことも合わせて言及しておいた方がよかったかも知れない。見る側に抵抗があれば鑑賞を回避するか、あるいは心の準備をするかという対応の余地が出来て、ネガティブな反応の内容もまた違ったものになったのではと思う。
 全然別の作品の話で恐縮だが、以前ある飛行機事故の生々しい描写を含んでいるのにプロモーションでは意図的にそのことを隠した舞台を鑑賞したことがあって、我ながら意外なほどショックを受けた経験がある。人にもよるだろうが、受け身を取る準備をさせてもらえるかどうかの違いは結構大きい。

 個人的には、今回あらかじめ他の人のレビューなどで震災描写について把握していたこと、作品の外ではあるが監督の意図を知れたこと、エンタメとして映像・音響中心に相当質の高い作品であること(重いテーマだからこそキャッチーな要素があることは大切だと思っている)から、本作を概ね好意的に受け止めている。「君の名は」「天気の子」より若干ジュブナイル感が薄らいだ分むしろ見やすかった。
 ただ、本作によってあの苛烈な震災の記憶を、監督の目論見通りに若い世代に伝えていけるかというと、正直よくわからない。私がターゲットから外れた世代だからというのもあるだろうし、そもそも本作はあくまで、過去になりつつある震災の記憶に目を向けさせる呼び水のような位置付けなのかも知れない。
 母を亡くした鈴芽の孤独、彼女を引き取った環の秘めていた心情、普遍的に訴求力を持ち続けるのはこの辺りの描写だろうか。
(環がぶちまけた本音(操られてはいたが本人もそれだけではないと言いつつ認めている)は、心理描写としては一番生々しくて重い場面のひとつだったが、さっくり解決したのは少し拍子抜け)
 暗がりで燃える街並、ビルに乗り上げた船、こういった風景描写は当時実際の体験や報道映像で耳目に触れ脳裏に刻まれている年代にとっては、記憶通りであるがゆえに異様なほど生々しい。しかし監督の危惧通りこの臨場感もまた、世代の移ろいとともに古びたものになってゆくのだろう。想像よりずっと早く。

ニコ
ニコさんのコメント
2022年11月20日

でも、たくさんのレビューの中に本作のよさが分からないのはおかしいといったような、本作に違和感を覚えた感想を否定するようなものがあったので、作品の批評はいいけど他のレビューの批判は駄目だよ!という義憤(?)のもとについ書きました(汗)

ニコ
ニコさんのコメント
2022年11月20日

LSさん、コメントありがとうございます。
まさにおっしゃる通りで、震災の記憶が(直接被災したか否かに関わらず)明確にあると、あの絶望感からフィクションを抽出することに物凄い違和感を覚える人もいると思います。
私自身、本作はどう描かれてるのか不安で、最初はレビューを書かないつもりでした。

ニコ
LSさんのコメント
2022年11月19日

初日に観ましたが、未だに(本作だけでなく)あの震災をモチーフにした映画にはコメントできません。映画の主題に取り上げることを批判するわけではなく、個人的なわだかまりです。
ただこの作品はひとつの受容のあり方かと肯定的に観られました。

LS
みかずきさんのコメント
2022年11月19日

フォローありがとうございます。

ニコさんのような論客レビュアーさんにフォロー頂き、光栄です。

私、10年位前からキネマ旬報、kinenote、yahoo映画レビューなどに映画レビューを投稿しています。現在の目標は2回目のキネマ旬報掲載です。こちらのサイトには今年2月に登録しました。
宜しくお願いします。

-以上-

みかずき
みかずきさんのコメント
2022年11月18日

はじめまして、ニコさん
みかずきです

共感ありがとうございます。

本作で東日本大震災が取り上げられることは全く知りませんでしたので、
311の文字を観た時は、混乱しました。
作り手側が覚悟を持って3.11を描くならば、十分な事前告知が必要だと思いました。

映画鑑賞は、鑑賞作品を選択できます。
十分な事前告知があれば、気持ちを整えて鑑賞できます。
鑑賞しないという選択もできます。

では、また共感作で交流させて下さい。

ー以上-

みかずき
ゆり。さんのコメント
2022年11月18日

ニコさん共感ありがとうございました。私はインタビューからは監督が題材として取り上げることの是非しか考えていないと感じました。しかし表現方法の是非というのも当然あります。批判を受ける覚悟があるなら、きちんと告知をして、作品を評価してもらう、のが良いと思います。
震災のことに関しては、私は本作が若い世代に何を伝えたかというと、大きい災害があった、という事だけではないかなと思いました。

ゆり。