「災いの戸を締めて、明日の戸を開く」すずめの戸締まり 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
災いの戸を締めて、明日の戸を開く
おそらく多くの観客が新海誠監督作品に期待しているのは、美しい映像とRADWIMPSの音楽に彩られた、不思議だけど感涙のボーイ・ミーツ・ガール・ラブストーリー。
勿論本作もその醍醐味はたっぷり。
不思議な扉の先の、夜空に星々輝く異空間。日本各地の絶景。それらもさることながら、冒頭、ヒロイン・すずめの登校シーン。自転車で坂を下り、目の前に広がる九州の海辺の町の美しさ! 私は一瞬で心を奪われた。
予告編でも印象的に使われている今回の主題曲。観終わった後、ずっと頭の中でリフレイン。
すずめと謎めいた長髪の美青年・草太。これまでのような同年代の両想いではなく、すずめの淡い片想い風だが、切なさや甘酸っぱさもそつなく。
映画監督なのだから、期待に応えるのは当然。
それでいて今回は、描きたいテーマやメッセージが強く出ていたと感じた。
いや、何も今回だけではない。一躍ヒットメイカーとして名を上げた『君の名は。』『天気の子』の時もそれは描いていた。
災害。
『君の名は。』では隕石落下。『天気の子』では異常気象や東京水没。
将来絶対無いとは言い切れないが、あくまで絵空事。しかし今回は、真っ正面から描く。
頻発する地震、忌まわしきあの大震災…。
我々のすぐ身近の災厄、この身で経験した災害…。
これについては、作品評価もとより、早くも賛否両論。
あの震災を思い出させる描写、場所のみならず、実際のものとは少し違うが、緊急地震速報アラームが鳴り響く。
劇場の大音量であのアラーム音を聞いて不快を示す方は少なくないだろう。震災を食いぶちにし、思い起こさせる映画を観るのは勘弁と思う方もいるだろう。
終盤、母親を探しさ迷い、大粒の涙をこぼしながら泣く“幼い少女”の姿には、大切な人を亡くした人たちに重ね、痛々しくもある。
人それぞれの感じ方だ。一理ある。
しかし私はあの震災を体験した東北人の一人として、この二つの事を言いたい。
批判や苦言も出るであろう中、真っ正面から向き合ってくれた事に、心意気と感謝を述べたい。
劇中、震災跡地の描写もある。津波に流されたであろうヒロインの実家。そして我が福島のシーンでは、原発が…。
今尚心に傷を負う人を気遣って、敢えてそれを避ける気持ちも分かる。が、そんな描写を通じて、新海監督が私たち東北人の胸の内を代弁してくれたようだ。
あの日を、あの場所を、あの記憶を、あの事を、決して忘れるな。
日本各地に点在する災いの元となる扉を閉める少女の旅。
それは、日本中に残る廃墟や災害跡地を悼む祈りの旅でもあった。
シリアスなテーマを取り上げつつ、爽快なエンタメ作にも昇華している。
観るこちらもすずめと一体になって、最初は何が何だか分からない。
後ろ戸? ミミズ? 閉じ師? 要石? 常世? 喋る猫…!?
独特の用語や設定が展開と共にすんなり分かってきて、 重要な意味を持ち、巻き込まれではあるが、その使命を果たそうとする。
すずめらとこの不思議な旅に同行。
九州から始まり、愛媛、神戸、東京、東北と日本を北上。島国とか小国とか言われているが、改めて、日本って広く、美しいと思わせる。
旅はスリルと苦難であるが、ユーモアもたっぷり。素直に楽しく、面白かった。
前半は少女と椅子と時々猫。まあそりゃあ、そんな面子で旅してたら、誰だってまじまじと見るわな。
後半は面子を変えて。こちらも訳ありだが、なかなかユニーク。
カーラジオから流れる懐メロの中には、少女の旅と成長と猫にぴったりの、某アニメスタジオの名曲。まさか新海作品で聞けるとは…! その名作へのオマージュだとか。
他アニメを彷彿と言えば、見た目は可愛いのに辛辣な言動の猫“ダイジン”が、キ○ウべぇにしか見えなくて…。
毎度美味しそうな新海飯も勿論。にしても、鍋焼うどんにポテサラって…!?
当代きっての美少女の描き手である新海監督。今作のヒロイン、すずめも魅力的。意外とリアクション豊かなのもキュートで、随所随所魅せる行動力と芯の強さ。ボロボロの服から少女の正装である制服に着替え、ポニーテールに紐を結ぶシーンは、過酷な運命に挑む意思の表れを感じた。
原菜乃華の瑞々しい声も良かった。前作『天気の子』はボイスキャストに一部不評あったようだが、今回は総じて良かったと思う。伊藤沙莉なんて地声丸出しなのに、妙に役に合っていた。
現代的センスを彩りながら、日本古来の文化や伝承を基にしているのが、個人的に食指をそそる。
神や精霊の世界に通じる扉である“後ろ戸”。民俗学的なアイデアから。
日本神話からも。ヒロインの名前や“戸”は、天照大神の天岩戸隠れや天鈿女命(アメノウズメノミコト)。
ミミズは地震を起こすナマズや、日本最古の神の一つで土着神とされるミシャグジが浮かぶ。
これら色々と考察出来、もっともっと知りたいと思う。
日本的な考えや教え、伝えである場所やものに魂や思いが宿る。
これは今回の重要ポイントの一つでもあるだろう。
すずめにとっては、亡き母手作りの椅子。
多くの人にとっては、廃墟や災害跡地。
人だから、時々それを無くす事もある。過ぎ去る事もある。忘れる事もある。
しかしそれに気付いた時、改めて思い出す。
それに、そこに、思い宿られた“心”。
誰かの事を思い、作ってくれた。
誰かの事を思い、そこに息づいた。
その思いはずっと、私たちを見守り、包み込んでくれている。
それは一期一会でもある。
たくさんの人々が生き死に、関わり合う、それぞれの出会いと別れ。
すずめの旅でも印象的に。
旅の中で出会った人々。触れ合い、別れる時、ハグする。日本ではハグする交流は浸透してないが、ここに直球で表現されていた気がした。
ありがとう。会えて良かった。元気で。また会おう。
人間関係が希薄と言われる今の時代。殊にソーシャル・ディスタンスと言われる昨今に於いて。
ボーイ・ミーツ・ガールのラブストーリーが苦手な方も多いが、それが新海作品の原動力でもある。椅子になり、要石となって常世に閉ざされてしまった草太を助け、元の姿に戻す。すずめの決して諦めぬ強さと成長を担う。
あの震災で母を亡くし、叔母に引き取られ、育てられたすずめ。悲しみからの二人三脚。時には重荷になる。過保護や口うるさく、心配過ぎにもなる。不満も募る。でもそれは、何より誰よりあなたを思うからこそ。気持ちをぶつけ合って、旅をして、また絆を深め合って、唯一の“家族”の良き思い出。
本当に今、生きづらいこの世界。
人それぞれの問題、苦悩。
震災の傷を今も抱える人々。
繰り返し続けるコロナ…。
見上げても、まるで暗雲(ミミズ)が立ち込めているかのよう。
でも決して、暗い世界ばかりじゃない。
そんな世界であなたが泣き、さ迷っても、きっと誰かが道を示してくれる。手を差し伸べてくれる。私たちが今居ていい意味と場所を与えてくれる。
そこから私たちは、また一歩踏み出す。
私たちは悲しみや過去の扉を締め、新しい扉を開け、歩き旅立って行く。
行ってきます、と。
帰って来る時も扉を開け、迎え待ってくれる人の元へ。
お帰りなさい、と。
私たちには自分たちの、進み帰ってくる明日の扉がある。
メガヒット一本で、本人の意思とは裏腹に、期待される存在となった新海誠。
宮崎駿や細田守よろしく、新作発表すれば賛否両論になるのは、これはもう人気アニメーション監督の宿命。
本作でも、その旅に挑み続ける。
本作でも、一貫するクオリティー、作風、テーマ…。
まだ知る人ぞ知る初期の頃からも、メガヒットを放ち当代屈指のアニメーションの担い手となった今も、そしてこれからも、
私は新海誠作品に魅了され続ける。
共感ありがとうございます。
私は、仙台で4年間の大学生活を過ごしました。
カミさんの実家は福島です。
知人、親類縁者で被災した人は沢山います。
東日本大震災には強い想いがあります。
本作で、東日本大震災が描かれることは全く知りませんでしたので、
311の文字を観た時、かなり混乱、動揺しました。11年経っても心の整理ができていなかったようです。
本作の予告編などで、東日本大震災をえがくという事前告知があれば、心の準備、覚悟をして本作を鑑賞することができたと思います。
鑑賞しないという選択もできたと思います。
今でも、TVでは、東日本大震災の被災シーンを放映する時、事前告知のアナウンスが必ず流れます。配慮があります。気遣いがあります。
本作が東日本大震災を取り上げることは表現の自由ですが、TV放映と同様に事前の十分な告知が必要だったと思います。配慮、気遣いが必要だったと思います。
私事を交えたコメントになってしまい、申し訳ありません。
-以上-