「地震を起こす化け物を鎮める閉じ師、311被災地慰霊、スズメのインナーチャイルド救済。」すずめの戸締まり 葵須さんの映画レビュー(感想・評価)
地震を起こす化け物を鎮める閉じ師、311被災地慰霊、スズメのインナーチャイルド救済。
結論として、面白かった。見ていて鼻につくところはなく、数度涙腺が緩む場面があった(個人的に結構久しぶりに緩んでしまった)。それだけのめり込めた。
涙腺が緩んだ場所は、被災者への慰霊を感じる場面数カ所と、最後にすずめが子供の頃の自分に出会って慰めるところ。具体的な出来事に感動するのではなく、劇中の登場人物が体験している感情・実感に共感して感動していた。そのため、なぜ感動したのか視聴中は言語化できなかった。今回の作品はすずめのノートに『311』とあったように、被災者を慰めるために作られたのだと自分は解釈した。そのテーマ性はとても自然に表現されていて、比較するのはおかしいが『火垂るの墓』とは対照的に被災者に寄り添ったマイルドな表現になっていたと思う。それとともに、すずめが扉を閉める旅の道中でいろんな人々と出会ってその暖かさに触れたり、おばさんとの心のすれ違いから衝突へのエスカレートとそこからの和解を繊細に描きっている(すずめが各地で別れのたびに抱擁するシーンが強く印象に残る)これはコロナ下で人との距離が希薄になった視聴者のニーズに強く合致していると思う。
また、今作で新海賊さんのえぐみが少なくなったと感じる。えぐみと自分が解釈するのは、フェティシズムのことだ。今作でも『Mな椅子になりたい』願望があるのかな?と冗談半分で思うことはあったが、これまでの作品ほど気になるものではなかった(その突飛な表現は寧ろ小さな子供受けの方が大きいとも思う)。今作で前作に感じた青少年や青年の性的指向に与する少し倒錯した部分もあった性的願望表現は少なくなり、より一般受けのする作品になっていると思う。これは驚きで、今後もこのような傾向で日本の地域性、古き日本独自の信仰の表現を取り入れた良い作品を作ってくれたら嬉しいなと思う。
最後に枝葉末節ではあるが気になったり印象深かったりしたところ。①今回制作陣は廃墟に常世に通じる扉が生まれる事を設定したと思うがその設定に至った経緯を知りたい。たしかに廃墟はこの世とあの世の堺がゆるくなっているかもとは夢想できるが。②なぜ要石の二匹を猫型にしたのか?子供、女性受けしぬいぐるみやキーホルダー等でグッズ展開しやすい可愛いキャラだから以上のことはあるのだろうか?③なぜ要石を大臣、左大臣という名前にしたか④今回は疑問じゃなくて、蒼汰の大学の友達の名前忘れた男の子のキャラが良かった。他の観客席からも彼が関わる展開ではちらちら笑いが起きていた。
追記。感想を書いた後、映画館でもらった『新海誠本』を読んだ。彼による言葉で今作のテーマや創作姿勢が書かれていて彼を今まで自分は過小評価していたと感じた。小さいことだが印象に残ったことが一つ。『すずめ』という名前は、古事記の天『岩戸』開きの話において岩戸を開けるきっかけを作ったアメノ『ウズメ』から来ているとの事。
再追記。今作では扉から地震を起こしに『ミミズ』が度々出てくる。自分は過去に個人的にミシャクジ様という神様が地震に関係するという事を聞いていたので短絡的に監督はミシャクジ様をモチーフとしたんだと思ったが、おそらく違う可能性が高そうだ。閉じ師が上げる祝詞は『ヒミズの神』に奏上するもので、ヒミズ=日不見=モグラとなるため(なるため、と書いたがtwitterでそれを指摘している方が居て知った)、監督がモグラの善神がミミズの悪神を食べるという分かりやすい図式を創作した、という事が考えられるからだ。