「ひたすらノスタルジーに耽る作品」サバカン SABAKAN keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
ひたすらノスタルジーに耽る作品
ノスタルジーという感情は、最も強烈に人の心を揺さぶります。
本作は、『スタンド・バイ・ミー(STAND BY ME)』(1986アメリカ)に『少年時代』(1990)が塗され、そこに『泥の河』(1981)の暗鬱さがやや加味された味わいがしました。
ただ『スタンド・バイ・ミー』のような通過儀礼の映画のようで、本作は大人になった主人公の、現在にも延々とつながる幼い時のひと夏の出来事を回顧するスタイルであり、その経験によって主人公の少年が一皮むけて大人に成長するということではありません。ひたすらノスタルジーに耽る作品です。
カメラの視点は、先に挙げた3作同様に、当然ながら主人公の少年目線であり、大人になった後の映像も含めて、徹底して一人称で語られるストーリー展開で、観客は自ずと少年に感情移入していきます。同時代風景に共感し主人公に自己を投影してしまう中高年男性なら尚更はまっていくでしょう。
性への興味・好奇心が強く目覚めつつも、『おもいでの夏(SUMMER OF '42)』(1971アメリカ)や『マレーナ(MALENA)』(2000イタリア)のような異性との経験で少年から“男”へ成長する話ではなく、生涯の友との出会いと別れを、少年目線の一人称で描きますので、時に間怠く、時に切なく、そして時に無性に愛おしくなります。
こういう話は、やはり夏が似合います。夏の炎天下、陽炎が立つ地面、騒然と鳴くセミの声、水面に陽光が煌めき白波がたつ海、汗ばむ空気感の中でこそノスタルジーは際立ちます。また二人が小さな冒険から家に戻る乗り物は、やはり軽トラでなくてはなりません。普通トラックでは余裕があり過ぎて互いに空々しくなり、バンでは閉鎖空間ゆえに深刻で濃密過ぎる空気になってしまいます。眩しい太陽の光が照りつける荷台に肩寄せ合って、デコボコ道を上下左右に揺られて走ってこそ記憶に残ります。
本作の“ひと夏の冒険体験”は、忠実にセオリーを守っていて、観客を独特の空間に誘い込んでくれました。
母親・尾野真千子の土着性溢れる、芯の強いやや粗暴な愛すべき肝っ玉母さんぶり、父親・竹原ピストルの、昔はどこにでもいたような鷹揚でやや下品な、どこか間の抜けた親父ぶり、ミカン農園主・岩松了の尊大で貫禄ある優しさはノスタルジックな空気を一層高めます。更に親友母・貫地谷しほりの可憐で強かな毅然とした生きっぷりは、苦く悲しい記憶として、本作の重要なファクターを見事に果たしてくれました。