「消えゆく中から」百花 しゅうへいさんの映画レビュー(感想・評価)
消えゆく中から
原作は未読です。
全く隙の無い作品でした。登場人物の心情を丁寧に掬い上げるようなワンシーン・ワンカットに引き込まれました。
巧みな編集によって、百合子の症状の悪化を視覚的に表現したり、時系列を前後させた構成も見事だと思いました。
プロデューサーとして数多くの映画を手掛けて来た川村元気監督なだけあって、映画的文法を真面目に踏襲しつつ、こだわり抜いた演出や映像美を追求したのであろう圧巻の撮影によって、かなり攻めた作風になっているのが印象に残りました。
私が高校3年生の時に亡くなった祖父は、アルツハイマー型認知症を患っていました。家族が異変に気づき始めたのは私が中学2年生になった頃。突然トイレの場所が分からなくなったり、毎日欠かさず観ていたお昼のドラマの再放送のストーリーが理解出来ていないと云うことが増えました。
病院で診察を受け、すぐに認知症だと判明しました。
「まさかおじいちゃんが…」と衝撃を受けました。
劇中にも登場した薬を処方されましたし、百合子みたいに外に出て行って迷子になり、家族総出で探したことも実際にあったので、リアリティーを伴って観ることが出来ました。
祖父は、次第に私たち家族のことを忘れていきました。私も「あんた誰や?」とよく言われました。言われる度に、幼い頃両親が共働きだったため祖父母に面倒を見て貰っていたので、その時の記憶や想い出が過ぎっては、「あのことも忘れてしまっているのだろうか?」と切なくなりました。
色鮮やかな花々が散るように、抜け落ちていく記憶。記憶や想い出がその人を形づくるとはよく聞きますが、それらが失われた後に残るものはいったいなんなのだろう、と…
本作を観て、それは、洗練されて剥き出しになった、生身のその人自身の感情なのかもしれないと思いました。
確かに思い返せば、覚えてはいないのだろうけれど、祖父が私たちに向けて示す行動や反応には、家族に対するような、愛する人に向けるような、感情はあったかもな、と…
「半分の花火」の謎が解け、母親の愛を知った時、泉の口から出た言葉に涙があふれました。母から記憶が失われていくごとに、自身の中で母と過ごした日々の想い出が蘇り、抱えていたわだかまりも鮮明になっていきましたが、返って母親と向き合うことに繋がり、それまで言えなかった言葉となって想いがこぼれた瞬間、とてつもない感動に包まれました。