劇場公開日 2022年6月3日

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「阪本監督でなければ成しえなかった、とんでもない傑作。」冬薔薇(ふゆそうび) beast69さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0阪本監督でなければ成しえなかった、とんでもない傑作。

2022年6月6日
PCから投稿

阪本監督の前作「弟とアンドロイドと僕」が個人的に好みの映画だったので、その次回作に当たる本作も楽しみにしていました。前作は難解な作風ながら、何故か飽きる事無く引き込まれてしまうという、不思議な魅力に溢れた作品でしたが、今回はあのような難解要素は殆ど排除されて、一般向けに分かりやすい印象の作風になっています。

しかし、一見分かりやすいような映画ですが、しっかりと細部に目を凝らして鑑賞すると、実は一筋縄ではいかない、多くの深い意味が絶妙に彩られた凄い映画だという事が分かります。ちょうど最近リバイバル上映された名優ジェームズ・ディーンの青春映画を久々に鑑賞した後でもあり、伊藤健太郎とディーンを重ね合わせて、考察する楽しみ方も出来ました。本作での伊藤演じる主人公は、ディーンの役柄とはタイプが違いますが、根底で共通する要素が少なくありません。不器用で傷つきやすく、若くて未熟ゆえ、自分で自分をコントロール出来ず、愛に飢えていながら、欲しいものが手に入らない、苦々しくも若き時代。誰もが若い頃に経験して通過しながらも、大人になってしまうとすっかり忘れてしまう純粋過ぎる若者の青春像が、鋭い切り口で描かれています。

専門学校をサボりまくり、何かと言えば人から金をせびりたがり、周囲からは理解されず、自分の相手をしてくれるのは、ろくでもないゴミクズ不良集団だけという、どうしようもなく救いようが無いダメな若者が主人公です。そして、彼の周囲にいる親世代も、実は色々な事で傷つき、多くの悩みを抱えています。しかしながら、ここで描かれる主人公や大人達は、現実世界で生きていれば誰もが必ず背負う問題を抱えているに過ぎない、普通の人間の範疇であり、我々自身と全く変わりが無い存在なのだという事が分かります。私は金をせびる事も不良集団入りも無かったんですが、若い時期の私と似た苦しみや問題を抱えている部分が多く見られ、このダメな主人公は自分自身の若き頃と全く同じだと思いました。

彼は不良集団に属しても、悪に憧れているわけではない事が分かります。家族に迷惑をかけ続けるわけにもいかないので、独り立ちをして社会に出たい、と言う普通の若者らしい意志も持っています。しかし、そんな彼を覆っているのは、生き難く冷酷な現実社会だったりします。その現実世界を形作っているのは誰かと言えば、我々自身でもあります。この映画は主人公・渡口淳の物語を描いてるように見せかけて、実は我々の今の現実世界の歪みを映し出しているんだという事にも、だんだんと気づかされます。彼は象徴として描かれている部分もあり、「この主人公に共感出来るかどうか」みたいな見方に固執してしまうと、この映画の真の面白さを見落としてしまいます。そもそもダメな若者に共感は無意味です。

一般受けを狙った商業娯楽映画で多く見られる、ファンタジー的なハッピー要素などは、ここには描かれていません。そういうのを期待する人が観に行っても、この映画の本当の面白さは理解できないかもしれません。一時期マスメディアに叩きターゲットにされた伊藤健太郎を主役に抜擢して映画を作り上げた阪本監督ですが、その話題性を利用して一般受けする娯楽映画を作ろうなんて事は、全く1ミリも考えてない事が、この映画を観ると非常に良く分かります。ここに描かれているのは実のところ、今を生きる我々自身が投影されたリアルな姿なのだとも言えます。この映画が何を伝えようとしているのか、それは観る側の感性にもよりますが、鈍感で思考停止している人でなければ、作品に込められた多くのメッセージが必ず伝わる映画だと感じます。

私はこの作品から発せられる重要なメッセージの豊富さには、すっかり魅了されてしまいました。一見何てこと無さそうと思って通り過ぎてしまいそうなシーンでも、足を止めて、その瞬間を見逃さないようにしていると、面白い発見があったり、思いがけない気づきがあったりする。そんな絶妙な仕掛けも散りばめられている作品です。この映画は本当に面白かった。阪本監督で無ければ成し遂げられなかった傑作が誕生した!と感じます。文句無しの最高点です。

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beast69