ベルファストのレビュー・感想・評価
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「祖国」や「故郷」という幻想
愛国心は即ち誤解である。たまたまそこで生まれたに過ぎない国を「祖国」や「母国」などと呼んで、あたかも「自分の国」であるかのように誤解する。
「故郷」や「親友」の誤解と同じだ。幼い頃を過ごした場所のことを「故郷」と呼ぶ。懐かしむだけなら罪はないが、都会に出て行った人間を「故郷を捨てた」と非難するのは理不尽だ。「故郷」はその場所と本人の関係だけである。同じ場所でも、他人とその場所の関係にまで口出しする権利はない。
親しい友だちを「親友」と呼んで友だちの中でも特別な存在とするのは構わないが、その関係性を盾に取って相手に義務を課したりするのはおかしい。「私たち、親友だよね?」と確認した上で悪事に加担させるなど言語道断だ。社会人になると、人間関係が流動的であることを認識するから「親友」などという言葉は使わなくなる。「親友」は幻想であり、関係性を誤解しているだけなのだ。
同様に国家も幻想である。領土や領海はあるが、流動的だ。国家は領土でも領海でもない。人々の共同幻想に支えられた仕組みそのものを国家と呼ぶ。実態はなく、手続きによってかろうじて存在しているに過ぎない。
人間は国家や故郷や親友に縛られることなく、自由な存在であるはずだが、敢えて自らを縛り、限定する。不自由な精神だ。自分を限定すると、その外にいる人間が自分のエリアに入ってくることを拒否する心理が働く。よそ者に対する敵愾心や嫌悪感であり、異邦人の排斥である。排斥する心理はやがて悪意となる。
およそ戦争や紛争は、不自由な精神が生み出す馬鹿げた行為だ。その源は愛国心という誤解にある。「がんばれニッポン」の精神性は、そのまま戦争に直結しているのだ。
どうして自分の国を応援することが戦争に繋がるのかという疑問は、それ自体が破綻している。「自分の国」などというものはないのである。たまたまそこで生まれてそこの言語と文化と風俗に親しんだだけだ。それを「自分の国」などと、烏滸がましいにもほどがある。
本作品の登場人物は、不自由な精神で暴走するバカに悩まされるが、何のことはない、母親も同類である。「故郷」の幻想に縛られている。そんな幻想を捨て去ることが生き延びることだと、本作品は暗示している。宗教バカが多ければ、その土地を離れればいい。愛国心バカが多かったら、やっぱりその土地を離れればいい。
受け入れる側が「祖国」や「故郷」の幻想を持っていれば、難民は排斥される。しかし自分が住んでいる場所が自分のものではないことを自覚している人が多ければ、難民は受け入れられる。仮に難民がとても優れていて、自分の仕事が取って代わられるとしても、受け入れなければならないのだ。
世界から「祖国」や「故郷」の幻想が消滅するまで、戦争はなくならない。ベルファストの悲劇は何度も何度も繰り返される。「愛国心」は被害妄想と表裏一体なのだ。被害妄想の怒りに駆られた人間は、それが妄想であると自覚することはない。
おじいさんとおばあさんだけは、それがわかっていたようだ。歳を取って死を意識するようになるまで、人間は「祖国」や「故郷」の幻想に縛られ続けるのかもしれない。
大切なものを大切にし続けること
ロシアとウクライナの情勢を目の当たりにする今、誰もが忘れてはならない「子どもから見た紛争」の姿。
違いが生む分断。
あってないような理由。
迫りくる、変化への要請。
互いに大切なものを大切にし続けることの難しさに唸りました。
モノクロであることも、時間も忘れるような素敵な作品を、ありがとう。
ケネス・ブラナー万歳🙌
年度末最後の映画は「ベルファスト」
宗教問題、激動の時代に翻弄されながらも主人公バディの成長を中心に家族愛もしっかり描かれていて、ほっこりする作品でございました🙇♂️
テンポ感も好き。
モノクロも雰囲気あったなぁ😊
月へ行け!
ここは北アイルランドのベルファスト。
この地で生まれ育った9歳の少年バディは、家族や友人の笑顔と愛に包まれ、充実した日々を過ごしていた。
しかし、1969年8月15日、プロテスタントの武装集団がカトリックの住民へ攻撃を始めたことで治安が悪化、好きだった街は変貌していく。
ケネス・ブラナーが自身の体験を投影した自伝的映画。
これはとてつもない愛の映画だ。
家族愛、夫婦愛、地元愛、映画愛、そして淡い初恋も。
モノクロで描かれるベルファストの街。
宗派によって人々は分断され、街も人も荒んだ…はずだ。
でも、これは少年バディから見た世界。
モノクロームの世界は均一で、あらゆる雑念を排除した純粋な彼の心そのものだった。
大人たちの勝手な宗派による対立なんて、子供のバディには関係ない。
今日も明日も、学校で勉強して、路地裏でサッカーをして、ドラゴンを倒して、あの子との結婚を考えて。
「ベルファストにいたい」と駄々をこねる彼の姿に涙が止まらなかった。
バディが本当に純粋で可愛くて。
映画のことになると目をキラキラ輝かせて、おじさん達のジョークには苦笑い、怖いことや嫌なことに思い切り顔をしかめる。
おいおい、ケネス・ブラナー可愛すぎかよ。
正直、少し退屈に感じてしまった前半も後半を観てからだと愛おしく感じる。
めちゃくちゃ良い映画だ。
最後に、「この街を去ってしまった者とこの街に残った者、そして命を落とした者たちに捧ぐ」と出る。
世界情勢的にウクライナの惨状を想起せずにはいられない。
いつか多くのウクライナの方々が故郷に戻れるように祈ると同時に、バディのような純粋な子供心をも蝕むロシア政府の横暴ぶりに改めて怒りを覚えた。
今回、アカデミー賞の助演女優賞に残った側を演じたジュディ・デンチが選ばれたことに深い意義を感じる。
純粋さと愛を早く思い出せ、プーチンよ。
予告編と印象変わらず。そんなに見たい映画だと思わなかった。製作者の...
予告編と印象変わらず。そんなに見たい映画だと思わなかった。製作者のこの街への思い入れ、ノスタルジーがあることはわかるし、最後のパパの言葉は素晴らしい。子ども目線からの紛争の描き方も素晴らしいし、映像は美しい。おじいちゃんがいい。
ても、ノスタルジーに距離がなくナルシシック。
音楽がヴァン・モリソンと知って驚く
北アイルランドの宗教対立ってなんとなく知ってはいるけど、それほど詳しくはない。U2の「Sunday Bloody Sunday」やIRAという組織のこと思い浮かべる、そんな程度。カトリックとプロテスタントの対立なんてあまり実感がわかないが、本作を観るとわかることもある。その対立が本当にくだらないことだと。
でも、昨日まで隣人だった家庭がある日を境に襲撃される家とされない家とに分断されてしまう。カトリックへの弾圧(もしくは弾圧への協力)を強制される姿は、昔の話とは思えない。本作はケネス・ブラナーの自伝的物語らしいので、そこらへんの大人のいざこざはあまり複雑に描かれていない。やはり少年バディの視点でとらえた近所の騒動という印象が強い。
思ったよりも淡々としていて、思ったよりもヒドい事件が起きないので、それほど心を揺さぶられなかったのが正直な感想。でも、雰囲気は好きだし、少年の成長物語として観るなら悪くない。
「Sunday Bloody Sunday」が歌うことになる「血の日曜日」事件が起こるのはこの3年後。そう考えると、そんなに楽観的に観ることもできない。
それほどでも無く・・・
子供が主役なので、ニューシネマより少し落とした程度の期待を胸に鑑賞。
レビューも高評価が多かったので期待。
涙する場面も、爆笑する場面も無く大きく盛り上がる場面も無しにエンドロール。
う〜ん。
この作品もアカデミーノミネートでしたっけ?
「コーダあいのうた」の方が10倍くらいおススメです。
映像のノスタルジーとどうしても伝えたいメッセージが融合したアイルランドとイギリスの合作映画
今年62歳を迎えるケネス・ブラナー監督の北アイルランドの生まれ故郷ベルファストで過ごした少年時代を、哀歓を共にした家族の想い出として綴ったノスタルジー映画。しかし、他の多くの郷愁映画にあるセンチメンタルな余情は薄く、北アイルランド紛争に巻き込まれた家族の絆をモノクロ映像のシャープなタッチで描いている。祖母と祖父の温かい眼差しに見守られ、父と母が一生懸命に生きる姿を垣間見て、頼りになる兄を持ち、憧れの少女との結婚を夢見るやんちゃな9歳のバディ少年に投影したブラナー監督の映画への想いは、“子供らしさを捨てざるを得ない瞬間”に心動かされたとある。それが1969年の8月15日から始まった大人社会の対立と衝突だった。
北アイルランド紛争のプロテスタントとカトリックの対立は、16世紀の宗教革命に端を発して、イングランドのヘンリー8世のローマ・カトリック教会からの離脱を切っ掛けに激化していったという。それが結局20世紀半ばのアイルランド共和国誕生の時に禍根を残したまま、北の一部がプロテスタント支配の統治になっていた。他の映画ではカトリックのIRAの抵抗を描いた作品でその問題の複雑さを知ることが出来る。しかし、この映画はそんな歴史の流れを知らなくても充分楽しめるのがいい。それは当時のブラナー監督が無邪気に楽しんだであろう映像の記憶が次から次へと紹介されて、時代の再現に懐かしさをいやが上にも掻き立てられるからだ。暴動の1ヵ月前の人類初の月面着陸をテレビの生中継で観た衝撃、古い映画ではゲーリー・クーパー主演の「真昼の決闘」とジョン・ウェイン主演の「リバディ・バランスを射った男」の西部劇、テレビ番組ではイギリスを代表する「サンダーバード」とアメリカSFドラマの金字塔「宇宙大作戦」、そして家族皆で映画館で楽しむ「チキ・チキ・バン・バン」とラクエル・ウェルチ主演の「恐竜100万年」が出てくる。映画のクライマックスであるバディ少年の父と暴徒の主導者ビリーの対決を西部劇風に描き、「真昼の決闘」へのオマージュを楽しく演出しているし、そのウェルチ映画の見所が大人と子供で違うのが可笑しい。ここで興味深いのは、ブラナー監督自身の”映画はカラフルな想像の世界への逃避”とする言葉だ。
1969年当時11歳だった私は、学校が終わると独りで日本と世界の地図を眺め、時にノートに色鉛筆で地域や国を丸写しして楽しんでいた。アイルランドの北の一部が何故イギリス領なのか不思議に思っても理由には興味がなく、都市や川や山などの名前を覚え、鉄道の線路や都市の規模を描くのに没頭していた。アポロ宇宙船の着陸機のプラモデルを作って白黒テレビの上に飾り、サンダーバード2号のプラモデルで遊び、テレビでは毎週のように「サンダーバード」と「宇宙大作戦」を夢中になって観ていた。そして時に季節上映される田舎の映画館では子供映画のカラー映像に見惚れていた。記憶のモノクロが現実で、カラーが夢の世界というブラナー監督に思わず共鳴してしまう。
この映画が素晴らしいのは、ブラナー監督個人の体験を映画やテレビの映像の記憶を頼りに効果的に構成して主人公バディの少年らしさを再構築しているところである。今60代を迎えた人生を省みる年代には堪らないと思う。それだけではなく、家族の会話にあるユーモアと教えの優しい人間愛がイギリスとアイルランドの俳優たちにより、見事に演じられている。祖母グラニーのジュディ・デンチの深く落ち着いた存在感は流石だし、祖父ポップの何処か憎めない愛嬌と悟りのキアラン・ハインズも素晴らしい。カトリーナ・バルフの故郷を愛する気持ちと家族の身を案じる狭間の母親の感情表現もいいし、ジェイミー・ドーナンの細身ながら安心感のある父親像も好感持てる。そして何より、この夫婦格好良すぎる。ラストの歌と踊りのシーンには、これはミュージカル映画のワンシーンかと錯覚させられるくらいだ。そして、主演のジュード・ヒル始め子役たちの演技も見事に映画の世界観に溶け込んでいる。ケネス・ブラナー監督の本領が発揮された演出を感じることが出来た。
演出で一つ面白かったのが、主人公と女友だちが苗字で判断するカトリックとプロテスタントの区別の会話シーン。答えは最後分けられないことで落ち着くが、ふたりの間を級友たちが何度も行き来するのを敢えて入れている。衝突や対立を生む思い込みやレッテル貼りを諫める監督の心の批判を、子供たちに演じさせるこのメッセージ性が素晴らしい。映像のノスタルジーと現代にどうしても伝えたいメッセージが、温かいホームドラマの中に綺麗にまとめられたアイルランドとイギリスの価値ある合作映画の秀作であると思う。
最近のプロ?映画評価ってあてにならない
前置きダラダラ書く上に、そうでもない映画を、高評価するの本当にやめて欲しい。
この映画は、確かに衝撃的で、家族の温かみとかあり、序盤、中盤は、面白かったです。終盤は、尻窄みになり、?あれ?おわり?ってなる映画でした。
過去に遡って…
この頃、子供だったんで、まったく知らなかった…
此の頃、ニュースではベトナム一色。
アイルランドの状況はその後、パンクが流行りだしてからですね。
しかし、いつでもだけど、威勢のいいこと言うやつなんて信用ならん!
お母さんが美しすぎて…
世界中のお父さんは家族を守る。
どんな状況であっても守るのは世界中の共通。
宗教でそんなに差別しないとだめなのか…
これから日本をアピールできるね!
穏やかな日常のシーンが心地よかった
穏やかなほのぼのした情景が心地よかった
少年の恋模様も楽しかったし、
じいちゃんばぁちゃんの存在とかも少年を
豊かにしたんだなあって思った
バディ、とても好きなキャラクターになりました!
また、そこに残る人々、去る人々どちらも間違いなんてなくて、。
どんな街にも身の危険がなく、平和に暮らすことができたらいいのにと考えさせられました。
ヴァン・モリソンのナンバーが沁みます
1969年のベルファスト、平和な日常が突然壊れ、仲の良かった友人が敵になる狂気の世界。
純朴な子供の目線で北アイルランド紛争が拡大する様子が描かれ、淡々と観てる内にとっても怖くなる映画でした。
「思い出はモノクローム」だが、カラーの場面がミソ
暴力に怯え、貧困に苦しむ家族の物語だが、少年の視点で描かれているため、政治や社会の問題点を指摘したり、それを糾弾するような内容にはなっていない。それどころか、両親も、祖父母も、みな良い人ばかりで、しかも、愛し合っているので、少年も、家族も、基本的には皆幸せである。それだけに、そんな幸せに満ちた故郷を離れざるを得なくなった時の哀惜の念が、胸に迫るのである。
何と言ってもモノクロの映像が美しいが、それ以上に、ところどころでカラーになる場面が効果を上げている。ブラナー少年が、映画や演劇の世界に夢心地になっていた状況が、感覚として理解できるのが楽しい。
その他にも、テレビで放映される映画やCMもうまく使われており、終盤の暴動の場面で展開される「洗剤」や「決闘」のエピソードは、拍手喝采ものである。
観終わった後には、祖父や父の教えが胸にしみる、郷愁の映画であった。
家族全員が素敵だ
家族全員いいんだけれど
特にじいちゃんとばあちゃんがたまらない。
あああ、ジュディ・デンチ様♡
前半はばあちゃんの出番が少ないけれど
最後しっかり〆てくれたのはデンチ様でした。
モノクロの映像は美しく、音楽は楽しい。
暗い中でも、人々は生活を楽しんでいて、その強かさがアイルランドっぽいなあと思うのです。
本来映画ってこういうもんなんじゃないのかなあ。
たったの50年前の事、そして今に続く
北アイルランド問題に関してはケン・ローチ監督作品を観て度々勉強しているつもりだが、やはり中々全容や細かい事は理解出来ていないなと思う
かくいうこの作品、予告編を観なければ全くノーマークで、たまたまこの日シネクイントに行ったのが功を奏した
監督のケネス・ブラナーは「TENET」のセイター役で、その自伝的映画という点も惹かれた部分
個人的にカトリックとプロテスタントがこんな激しい紛争を繰り広げているなんで想像出来ないけれど、イングランドの歴史を紐解いていくと映画自体は少しは理解できるかなとも思う
少なくともアイルランドとイングランドは未だに別の価値観があり継続しているということ
ベルファストという街も知らなかったし、この問題が未だに燻っているというのも改めて知ることが出来た
評価が難しい
アイルランド版、三丁目の夕日+はじめてのおつかい的な作品なのか?知識の乏しい私はもっと凄惨で激しい争いを想像していたのだが、なんか生活の中の適度な争いくらいに感じてしまった。
お母さんは美しく、ジュディ•デンチは圧巻の存在感でした。が、ちょっと眠くなる展開でこれ配信などで家で見たら飽きてしまっていたかもです。もしかしたらケネスのアイルランド時代は比較的穏やかな時期だったのかもしれませんね。
北アイルランド出身のヴァン・モリソンの音楽ですが、なんかモータウン風に聴こえて、そこもちょっと入り込めなかった。私にとってのアイルランドミュージシャンはシンリジィ、ゲイリームーア、U2なので個人的に違和感があったのかも。
評価の難しい作品でした。
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