コーダ あいのうたのレビュー・感想・評価
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真にあいのうた。
昨年度のアカデミー作品賞に輝いた作品。
何故劇場で観に行かなかったのか、、、非常に後悔。
CODAとはChild of Deaf Adultsの略称で、聾者の親に育てられた子供の略。
主人公の少女は家族の中で唯一耳が聞こえるために、いつも通訳をしなくてはいけない。
音楽の道に進みたい気持ちはあるのだが、そもそも家族は音楽そのものを理解できない。
こうした逆境を用意するというのは話作りの基本なのだが、ここまで設定が生きた作品はなかなかない。
非常に演出や役者の演技が素晴らしく、ラストシーンはえも言われぬ感動がこれでもかと押し寄せてくる。
どれだけ嫌いになっても憎もうとも、家族は結局愛を伝えたくなる存在。
このことを如実に体験させてくれる素晴らしい映画。
個人的な満足度は34000円ほど。
旅立ちのとき
「コーダ(coda)」とは聴こえない親を持つ、聴こえる子供をさす言葉だと言う。
ルビーはまさしく「コーダ」である。
だから日常生活の多くを耳の聴こえない両親・兄の通訳者として、
お金のこと、役所のこと、医院の付き添いと、17歳のルビーには荷の重い
過酷な日々。
オマケに早朝から漁の手伝いまで・・・。
この映画は2022年のアカデミー賞作品賞を受賞した映画で、
父親役のトロイ・コッツアーは助演男優賞を受賞した。
トロイ・コッツアーは自身も聾唖の俳優です。
彼無くしてこの映画の成功無し・・・そう思うほど、強烈な印象を
残しました。
本当に今時珍しいほどアクが強く個性的!
一番に胸を打たれたのは、
合唱の発表会でルビーが歌うので聴きに行きます。
合唱が終わりマイルズとのデュエットの途中で、
映画が突然、無音になります。
聾唖の両親には、こんな風に「無音のステージ」なのですね!
まわりが喝采をしてはじめて、娘の歌が素晴らしいことを知るのです。
「聴こえない」ことの切なさを、私も追体験しました。
映画は合唱指導のヴェルナルド先生の強烈に個性も有り、
音楽に溢れた楽しい映画です。
音楽シーン。
オーディションの「青春の光と影」
随分の古い曲をルビーは歌います。
カーペンターズの好きな私はとても懐かしく嬉しかったです。
2番からは会場の両親たちに手話を付けて歌うルビー。
グッと込み上げるシーンでした。
人生のステージに代打の必要な時は必ず来ます。
代打がレギュラーを取って変わることも普通に有りますね。
ルビーが音楽の勉強にボストンへ旅立つことになり・・・
住み慣れた我が家を離れて行きます。
(SEXが大好きなお父さんとお母さん)
その元気があればまだまだ頑張れます。
湿っぽくならずに前向きな素敵な映画でした。
チョッと期待値上げすぎたかな^^;
自宅レイトショーAmazonプライムビデオ『コーダ あいのうた』
話題作ながらコロナ期間でのタイミング悪く劇場鑑賞出来なかった作品
アカデミー賞で、作品・助演男優・脚色賞受賞
耳の聞こえない両親に育てられた娘の家族・仕事・スクールライフの日常を描いた作品
家族の中で、1人だけ健常者の娘の葛藤の描写は絶妙で・・・
ろう者俳優初のオスカー受賞のお父さん役の俳優さんの演技もリアルを超えたリアル
日常描写も生々しく、周囲との壁を感じながらも明るく生きれる理由は”家族愛”
主人公のルビーの歌の才能を見出す先生との関係は、セッションを彷彿とさせるも・・・・
音楽シーンも凄いんだと思ってたので、チョッと期待値下回った感じ^^;;;
ラストの合唱会場でのシーンも家族には娘の声は聞こえないだけに、そういう演出だったんでしょうね。
その部分含めて、配信でも十分伝わってくる良作でした。
確かに畜産より漁業
所々に納得できるところはあった。
家族の職業が変わった事や。
初潮が両親に話になってたり。
村長選が漁業組合になってたり。
ただ、若干エールの最後の歌の方が感動したかと。
説得力があった。
それでもいい
耳が聞こえない家族の中で1人だけ耳が聞こえる女の子がいる家族があった。
その子には、耳が聞こえない家族の為に自分を犠牲にして働く事があったりしていた。
そんな事を兄は、あまりよく思っていなかった。
年頃の女の子ならではの悩みがある中で自分の家族の苦しみを背負って頑張ろうとする少女の姿描かれていた。
耳が聞こえないとハンデは、健常者で到底分かり得ない事かもしれない。
自分が聞こえているから何となく相手に合わせてしまうかもしれない。
それでも自分は、相手の深い所まで近づく事が出来たら嬉しいなと思う。
現実は、なかなか難しいかもしれない。
でも、少しでも相手のことをを思うだけでも違ってくるのかなと感じました。
歌が胸打つ
耳が聴こえない家族の中でただ1人聴くことの出来るルビー。通訳として家族と他の人を繋ぐ役割を小さい頃から自然とやってきた。音楽に出会い、家族が共有出来ないものを目指す。ルビーの発表会を見に行ったあと、歌を手で感じようとする父とのやり取りで号泣した。
手話付きで歌うところも号泣。
どんな家族でも、かけがえのないものにはかわりない。
正直、🎦エールの後に見るのはつらかった・・
リメイクと言う事を考えたら本当はもう少し星を減らした評価となるのが実感。本作品の方を評価する声が高い中、個人的にはかなり首をかしげながら見ていた。特に性文化の描き方がいくらアメリカの片田舎とは言え、あれはない。案の定早々に切り上げた感が強く、あれだったら描かない方がいい。他にもっとルビーの思春期を表現できる方法があったのではないかと思う。脚本でエリック・ラルディゴがそのまま入っているので避けようがなかったのであろう・・・。スランス文化とアメリカ文化が妙な混合を起こし何とも居心地わる感が漂った。選曲にもその辺のちぐはぐ感が付いて回る。本作品はその選曲がかなり偏っている。と言うより選曲センスが決定的に合わない。それが致命的でこの作品を正当に評価できなくなっている。特に最後のシーンはその選曲と言い、謳い上げの描写と言い、圧倒的に🎦エールの方がしっくりくる。まさに感動のエールに身を任せられるのである。本作品には残念ながら・・・共鳴は無かった。
いつかはやって来る日
不覚にもCODAのドキュメンタリー「私だけ聴こえる」を先に見てしまう 更にオリジナルの「エール」、サウンドオブメタルと続いたので、個人的にNHKのきょうの健○耳の日スペシャルみたいになってしまった いやハートネッ○の方か…
エールとほぼほぼ同じ筋書きなんだけど、家族のキャラ(兄)、選曲はこちらの方が好み(エールも悪くはないのですが)家庭ってなんだかんだ言っても、夫婦間が基本だと思うのですが、夫婦仲は良くて何ら問題は無さそうな家族なんだけど、障害があるとどうやらあたかも機能不全家族のようになるみたい
合唱部、ヒロインの歌声も素晴らしい
お互い不安を乗り越えて分かりあえて良かった
あーだこーだ
ろう者の子ども、ろう者、などマイノリティの可視化は普通にいいこと、というか然るべきことだと思う。見ていて勉強になったこともある。
自分も成人後わりとすぐに親の介護を手伝ったり、そのために自分の仕事や外出をかなり制限したりしていたので、ヤングケアラーの主人公の辛さに共感できるところがあった。またルビーはただでさえ高校生で、自分のことを親に理解してもらえてなかったので、本当に大変だなと思った。このあたり、ルビーが鼻水出るくらい泣いて悔しくて辛い気持ちを表現してくれたらよかったのに、と思う。
あと下品な内容を手話で言うときに字幕が無くなったのが気になった。手話を知らなくても大人なら見たらわかる手の動きだ、ということなんだろうけど、話してる本人は普通に話してるだけで、手話じゃなくて口話だったらそんなに面白いことを言ってないのではないかと想像した。それも口話に訳してくれなかったせいでよくわからない。確かにあの状況自体はユーモアがあって笑えるけど、その手の動きを見て確実に笑える聴者ってどういうこと?と思った。あと、どこかで手話付きで歌うだろうなと思ってたら案の定やってたので、日本のチャリティ番組と同じかよ、とツッコミたくなった。比べられるものではないけども。
コーダとかろう者とかを抜きにしたら割とふつうの家族物語かもしれない。抜きにはできないけど。
こんなすごい作品があるんだ
家族の中で主人公一人だけ健聴者で、でも音楽の才能が認められて……って設定を聞いたら、だいたいどんな話か分かるよね。そして、ストーリーはほぼ想像通りなの。
なのに、すごい。自分がなんで感動してるのか分からないんだけど、心が動いて、なんかその感動をどう表して良いのか分かんないから、やたら体を映画館のシートに押し付けながら観てた。
最初に主人公が「好きな男の子がいるから」って合唱クラブを選ぶところはベタなんだよね。
その最初のレッスンで一人ずつ歌ってくんだけど『ここで、主人公の才能でみんなを驚かせるのか!』と思って観てると、なんと主人公、教室から逃げ出すの。ここが、すごい。なんだこの展開。
そしてなんか分かんないけど、歌うようになる。この展開も分かんないけど違和感ないんだよね。
それで憧れの男の子とデュエットするようになって、いざこざ発生するのもベタ展開。
でもこの辺で、この男の子と、主人公のお兄さんを好きな女の子が「主人公の家族は一つにまとまっていて羨ましい」ってことを言うんだよね。
耳が聴こえないっていう障害があるけど、それだけ逆に結束強くて良い家族じゃないかっていう。
まあそれからイザコザあって、主人公が家族との約束をすっぽかすと、それで問題が起きて、解決するためには「もう、私が音楽学校を諦めて、ここに残るしかないんでしょ」ってなる。
ここでお母さんのキャラ設定がすごいんだよね。お父さんとお兄さんは「家族のために主人公を犠牲にできない」って感じなんだけど、お母さんは「残ってくれて嬉しい」って言えちゃうの。すごいよ。
そしてお母さんとのやり取りでは、主人公が「私だけが家族で除け者だった」と言い、お母さんは素直に「そうね」と答える。さらに「あなたが生まれて聴力検査をしたとき、ろう者なら良いと思った。そうでないと分かり合えないと思った」って、すごいね。健聴であることが問題なんだよ。
ここ、障害があることは必ずしも悪いことじゃなくて見ようによっては良いことでしょって主張だと思うんだよね。そして問題を発生させるのは障害の有無じゃなくて、マイノリティであることだって言ってるんだと思うの。主人公は家族の中でマイノリティだから、難しいことが起きてんだよね。この問題提起もすごい。
そして主人公の晴れ舞台の発表会。みんなは合唱に聞き惚れてるんだけど、お母さんとお父さんは退屈なのね。合唱が聴こえないから。そりゃそうだ。それで手話で「夕飯どうする?」とかやってるんだけど、そのことが主人公にだけ分かる。主人公は歌を聴いて欲しいんだけど、その声が届かない。
どうする?ってなって、主人公と気になる男の子のデュエット。『ここで圧倒的な歌声で感動させるんだ』と思って観てると、なんと、音を消す演出なんだよ。お父さんとお母さんには、このコンサートはこう見えてるんだっていう。それで、その中で、歌は聴こえないけど、みんなの反応から、娘のすごさは理解するっていう。
とにかく何から何まですごかったな。
こんなすごい作品を創れる人たちがいるんなら、その人たちに創ってもらって、他の人はそれを観るだけでいいじゃないかとすら思ったもん。
でも名作も駄作もあるほうが面白いから、色んな人が色んな作品創って欲しいね。
リメイクする必要あるかな?
ふたり一緒にバークレー行けたら良かったのにね
ダメなのはオイラ‥‥
無音の世界へ誘う演出が秀逸
あの無音の演出がなければ、この映画がそこまで高い評価を得なかったのでないだろうか。
私たちが外側から見ていた彼らの世界へ、観客を一気に連れて行った。
ルビーの人生のハイライトであり、観客が一番観たいと思う映画のハイライト。
その大切な大切な瞬間を、共有できない家族。
少しでも観客がその立場を理解できたら。そういう創り手の思いが感じられた。
自分の娘が耳が不自由であってほしかったという、閉鎖的な性根の母親・ジャッキー。
自分の意気地なさを家族がいるからと言い訳にする娘・ルビー。
家族に頼られたいもどかしさを妹にぶつける兄・レオ。
快活な性格な割に、現状打破に重い腰の父・フランク。
しかし健常者も不自由な人も関係なく、自分の殻を破る勇気があれば、少し違う新しい日々を送れるかもしれない。
そんな風に背中を押してくれる映画だった。
現実には、こんなにお綺麗なことばかりではないかもしれない。
身体障害者を取り巻く環境は、もっと厳しいかもしれない。
でも、結局自分を幸せにするのは自分自身なんですよね。
最後のステージで手話を交えながら歌い上げる場面は、ルビーが本当に気持ちを伝えたい相手は誰だったのかよく伝わり、涙無くしてはみられませんでした。
興味深かったのは、前述したジャッキーのセリフで、自分の娘が健常者だとわかったときに落胆したというところ。「わかりあえないかもしれない」と不安になったの弁の裏に、自分が娘を妬むのではないか?という杞憂を垣間見た。
そこで気が付いたのは、私たちは彼らのことを勝手に「社会的弱者だから人の弱さに寛大で、優しい人々」と勝手にカテゴライズしていないだろうかということ。特に映画の中では。
それらが現実社会において、彼らを息苦しくさせているのかもしれない。
いいひと たち
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