「説得力ある伸びやかな歌唱。名曲『青春の光と影』の選曲も秀逸」コーダ あいのうた 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
説得力ある伸びやかな歌唱。名曲『青春の光と影』の選曲も秀逸
主演の英出身女優エミリア・ジョーンズ、あまり記憶に残っていなかったのだが、プロフィールを見たら「ゴーストランドの惨劇」(2018)に若い時のベス役で出演していた。同作では黒髪だったこともあってか、10代後半の約3年でずいぶん印象が変わるものだと驚かされる(現在19歳)。そしてその柔らかな声質と表現力豊かな歌唱にも感心したが、8歳で子役としてキャリアをスタートさせ、9歳でミュージカルの舞台に立っていたとか。なるほど納得のパフォーマンスで、彼女が歌う映画をもっと作ってと切に願う。
両親と兄がいずれも聴覚障がい者で、家族で唯一健聴者の高校生ルビーが、合唱部顧問に歌の才能を見出され、バークリー音楽大学を目指す話。家族同士の会話や罵り文句に性的な表現をよく使う両親など、聴覚障がいのある3人を個性豊かなキャラクターとして描いているが、家業の頼りにされ夢を追うことを反対される子の悩みといった普遍的なテーマもわかりやすくストーリーに織り込まれている。基本的にルビーの視点で進むのだが、父兄を招いた高校の発表会、ルビーがボーイフレンドとデュエットして他の聴衆が盛り上がる場面で、無音になり家族3人の“聴こえない感覚”を疑似体験させる演出は胸に迫るものがあった。
ルビーが入試で歌うのは、ジョニ・ミッチェルの名曲『青春の光と影』(Both Sides, Now)。「若い頃の楽しい体験と、苦労や悲しみといった両面も、振り返ってみると幻のよう、人生なんてわからないもの」といった内容の曲で、映画のストーリーにもぴたりとはまっている。ほかにも合唱部で歌うデビッド・ボウイの『スターマン』など、選曲のセンスもとてもいい。
題名の「CODA(コーダ)」が「Children of Deaf Adults=“耳の聴こえない両親に育てられた子ども”」を指すというのは初めて知ったが、もちろん音楽用語で終結部を意味する「coda」にもかけたダブルミーニングだろう。唯一の健聴者として家族を支えた子供時代の終わりを描く本作は、ひとり立ちして大人の時代へと歩き出すすべての若者を祝福する応援歌でもある。