「美談の陰で埋もれてしまった知られざる犠牲者たち」ラーゲリより愛を込めて レントさんの映画レビュー(感想・評価)
美談の陰で埋もれてしまった知られざる犠牲者たち
本作は戦後80年近い今でもよく知られているシベリア抑留について事実に基づいて描かれたドラマ。なぜよく知られているかといえば日本人が被害者だからだろう。日本人が加害者である事実はこの国ではなかなか語られることはない。
本作は終戦間近、条約を一方的に破棄したソ連の満州侵攻により、それに立ち向かい敗れた関東軍の生存者が捕虜としてシベリアの強制収容所に送られるところから始まる。
大まかなストーリーは不当な抑留生活の中、帰国への希望を捨てず皆を励ました山本氏の姿が描かれ、最後には喉頭がんで亡くなった彼の遺書を仲間たちが当時の収容所の検閲から逃れるために内容を記憶して、遺族のもとに送り届けるという「ペルシャンレッスン」を彷彿とさせるとても感動的な実話による物語だ。
ただ本作はそのタイトルからして大衆受けを狙った娯楽作品なため誰にでもわかりやすいテレビ演出が使われている。このようなファミリームービーに細かいことは言いたくはないがさすがに映画を見ようと入れた気合がすべて削がれてしまった。要所要所で、はい、ここは泣くとこですよ、はい、ここは感動するとこですよと、終始なめられてる気がした。
映画館にわざわざ見に来る観客は映画を見ることだけに集中するので映像から登場人物の微妙な心理を読み解こうとしたり、テーマを探り当てようとするわけだけど本作はそんな鑑賞者に解釈の余地を与えてくれない。自分で見て考えるということをさせてくれないのだ。白々しい演出を見せられて見ているこちらが恥ずかしくなるくらいだ。だから本作は映画を見るのではなくテレビのスペシャルドラマを見る感覚で見た方がよかった。
本作で描かれた事実自体は感動的な内容であることは間違いなく、書籍か何か別の媒体でこの事実に触れられたら良かったと思う。
本作はシベリア抑留を扱っているので当然捕虜の日本人は被害者として描かれている。しかし戦争全体を俯瞰してみれば戦争を始めた時点でどちらが加害者だとか被害者だというのはなくなる。強いて言えばどちらも加害者でもあり被害者でもある。殺した相手は誰かの父親であり誰かの息子である。殺した人間も誰かの父親であり誰かの息子なのだ。
戦争を始めた途端、どちらが正義、どちらが悪なのではない。すべてが悪に染まるのだ。白と黒の絵の具が混ざり合い灰色になるように。
当時のソ連は全体主義のスターリンの時代(日本も終戦迎えるまでは同じく)。終戦後でありながら捕虜に強制労働を強いるというのは明らかな国際法違反であり、その国際法違反を隠すために捕虜から情報が洩れぬよう収容所では執拗に検閲が行われた。
確かに当時のソ連の行いは日ソ中立条約を破棄しての参戦も含めて国際法違反である。それを声高々に非難する人は多い。だが、日本側も独ソ戦開始の時期に戦況次第ではともすれば中立条約を破棄してソ連に攻め込もうとする計画もあった(関特演)。
ひとたび戦争になれば取り決めた条約や法などといった秩序なんてものは霧消してしまうものだ。国際法違反だなどという批判は言い出せばそれはたちまち自分たちにも帰ってくる。
先の大戦での日本軍による真珠湾攻撃は手違いがあったとはいえ事前通告がなされず国際法違反と非難された。フィリピン侵攻でマッカーサー率いるアメリカ軍を撃退した時も米軍捕虜や現地人たちを収容所までの長距離を徒歩で移動させて多くの死者を出した、いわゆるバターン死の行軍である。また泰緬鉄道建設では過酷な労働を強いて多くの捕虜たちを死なせた。開戦時アメリカ在留邦人の強制収容だけがよく話題になるが、日本でも同様に敵国人は収容所に入れられ何人もが帰らぬ人となった。劇中にも描かれていた中国人捕虜を銃剣での殺傷訓練に使用したこと、北九州大学捕虜生体解剖事件などなど。
米軍による東京大空襲などの無差別爆撃、日中戦争では日本軍も重慶で無差別爆撃を行った。アメリカは二度原子爆弾を投下した。
これらすべてが国際法違反だ。そしてそれこそが戦争の真の姿だと言えるだろう。合法的な戦争、きれいな戦争などというものはない、ひとたび戦争を始めたらそれはすべてが醜い、関わった人間はすべて加害者となる。
この実話をもとにした作品には描かれていない多くの事実があった。それはシベリア抑留された日本軍兵士の中には多くの朝鮮人もいたということだ。抑留された日本兵60余万の中に数千人の朝鮮人がいた。
当時の朝鮮半島は日本による植民地支配下にあり、日本軍の戦況悪化に伴い朝鮮の人々も多く徴兵された。ソ連軍と戦った関東軍には多くの朝鮮人がいて、彼らも同様に収容所送りとなった。劇中の通り敗戦後でも日本軍の階級が温存させられたため彼らは日本人兵士よりもより過酷な状況を強いられた。
一等兵が軍曹から嫌がらせを受けるシーンが劇中あったが彼らはその一等兵以下の扱いを受けていた。そして解放後も彼らの受難は続く。彼らが故郷に戻ったころにはすでに祖国は南北に分断、ソ連の影響下にある北朝鮮と敵対関係にあった。
彼らはソ連から戻ったということでスパイとして疑われ長年名誉回復されず、肩身の狭い人生を強いられることになる。
確かに本作で描かれた物語は人間の尊厳を描いた美しい物語である。しかしその美談の陰に多くの知られざる犠牲者がいたのも事実だ。
最近でも特攻を題材にした作品が大ヒットしたという。戦時中の悲劇がただ娯楽作品として消費されてる実態には少々複雑な思いに駆られる。確かに作品を見て感動するのはいいことだけど、感動したといってそれで終わってしまうのは残念だ。できればこういう作品を見ることで知られざる歴史を紐解いていくきっかけになればいいと思う。
私は素直に感動し☆5をつけましたが、確かに分かりやすいストーリーで、登場人物の言動からテーマを探っていけるような深みはなかったですね。また、第二次世界大戦の歴史を俯瞰して見た的確な分析が参考になりました。