「希望よ届け」ラーゲリより愛を込めて 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
希望よ届け
戦時中、遠い異国の収容所に捕虜として抑留された旧日本軍兵士。
その数は如何ほどに上るのか。帰国出来た人たちもいれば、無念のまま命を落とした人たちも…。
本作は山本幡男氏が題材になっているが、こういう作品の場合、その個人の物語であり、同状況の多くの一人一人の物語でもある。全員が同じ苦しみ、辛さを体験した。
では何故、山本氏の経緯が残されているのか。
語り、伝え、届けたい思いがそこにはあった…。
実際の記録によると、戦後ソ連によってシベリア抑留とある。
戦後捕虜になったなんて何て不運と思うかもしれないが、1945年8月に終戦というのは後世だから知っている事。当時の人たちはその時に戦争が終わる=日本が敗戦するなんて思ってもいなかった。
まだ“戦時中”に捕虜となり、それがたまたま終戦直前だった事。おそらく抑留に終戦と敗戦を知ったであろう。
どれほど衝撃を受け、身に降り掛かった悲劇を嘆いた事か。
苦しめるのはこれだけに留まらない。
帰国の方向へ。日本に帰れる!家族に会える!
が、この時帰国出来た人たちもいれば、山本氏を含め別収容所へ移された人たちも。
喜びから一転、叩き落とされ…。その時の絶望は我々には計り知れないだろう。
ロシア語に長け、通訳や翻訳の任をしていた事から、スパイ容疑。軍法会議で25年の刑。
あまりにも不条理。ソ連は彼らを“戦争犯罪人”と罵るが、どっちが犯罪だ…?
マイナス20℃以下。極寒の地での過酷な重労働は言うに及ばず。
ソ連軍の厳しい監視体制もさることながら、同胞たちの間でも軍と同じように上下の関係。
一等兵の山本氏は上官や軍曹の目の上のたんこぶに。特に軍曹の相沢からは徹底的に目の敵にされる。(相沢は創作の人物らしいが、モデルになった人物は何人もいたらしい)
絶望的な状況、過酷な重労働、不当な仕打ちをするソ連軍に加え、同胞間で殺伐とした関係…。
ここは地獄。絶望しかない。
希望など無い。持つ意味も無い。
全ての希望は絶たれ、悲観と疲労の果てに朽ちていくだけ…。
…いや、希望を持たせる者がいた。
言うまでもなく、山本氏。
帰国=ダモイを信じる。
自分も帰れる。皆も、全員が帰れる。
必ず。だから、希望を絶ってはいけない。
博識で、穏やかな性格。
歌を歌い、文学や詩を教える。
重労働の間の、僅かな憩いの時。仲間たちで野球。ユニークな口調でアナウンスし、皆を盛り上げる。
軍曹や自分を売ったという元上官。罪を憎んで人を憎まず。
現状打破や不条理には立ち向かう。捕虜たちの間でソ連兵士に物申したのは異例だったとか。
人やその尊厳を重んじる。
従わざるを得ない中で、そんな存在は異端児や変人視される。
だがやがて山本氏の姿や信念が周囲を突き動かしていく…。
自らを“卑怯者”と呼ぶ松田。
山本氏を売り、自分に近寄らないで欲しいと言う元上官の原。
足の悪い青年・新谷。
皆、山本氏との触れ合いで心を開いていく。変わっていく。
中でも、相沢。
とにかく山本氏が嫌い。その人物像も性格も、希望を持ち続けようと言う事も。
だが…。その内面の変化は登場人物の中でもエモーショナル。
娯楽の野球など、状況の改善。
少しでも皆の間に笑顔が浮かぶように。
日本との手紙のやり取り。家族の安否を知り喜び者や、すでに家族は亡くなり悲しむ者も…。
生きていれば家族に会える。希望が持てる。
が、家族を失った者は…。それでも生き続けなければならない。生き続ける事に意味がある。
皆の希望となり、精神の支えとなり…。
山本氏がいたから、彼らも希望を持てた。生き続けようと誓った。
一番の不条理はこの悲劇かもしれない。そんな山本氏を、病魔が襲う…。
山本氏の体調が思わしくない。
皆でスト。山本氏に病院の診察を。訴えが通る。
喜びも束の間、診断の結果は…
喉の癌。
しかも末期。もう手の施しようがない。
元々健康体ではない上に、この状況下。体調はみるみる内に悪化。
余命は三ヶ月…。
酷な言い方かもしれないが、帰国の望みはないだろう。家族にも会えない。このままこの地で…。
希望を失わせないでいてくれた人が…。
それでも希望を…?
いや、本心は絶望のどん底。
たが、希望は捨てない。
この場合の希望とは、帰国や家族との再会ではなく、命尽きるその時まで生き続ける事。
私が生きた、家族を愛した、その証し。
山本氏の逸話が後世に残されているのは、ここから。
仲間たちの勧めで遺書を書く。今の気持ち、母へ、子供たちへ、妻へ。
が、手紙以外の物書きはスパイ容疑とされる。せっかく書いた遺書も没収される。
どうしたら家族に届けられる…?
遺書は四通。それを一人一通、四人で暗記。帰国して、家族に伝える。
何故彼らはそうまでして山本氏の為に…?
そこに理由など必要ない。その心は分かる。誰だって。
そして遂に“その時”が…。
その滲み出る人となり、信念、仲間や家族への思い。病魔に蝕まれていく様…。
二宮和也が演技派としての実力を存分に発揮。
松坂桃李、中島健人、安田顕、桐谷健太らも熱演魅せる。
日本で山本氏の帰国を待ち続ける妻・モジミ役の北川景子。子供たち。
本作はその昔TVドラマ化もされ、それとの違いとして家族愛を前面に出したそうだが(予告編からもそう見受けられる)、ちと家族の描写は弱かった気がする。圧倒的に仲間との絆の方に感動させられる。
史実より脚色や美談化された点もあるとか。
遂にの帰国の際、皆に可愛がられた犬クロが追い掛けて来たり、母を亡くした松田が母親への遺書を読むなど、これらも脚色かと思ったら、史実通りとは驚き。
ベタでもある。瀬々監督が手掛ける感動作は時にベタになりがちな時もあるが、本作は及第点。
素直に感動させられた。
希望を捨てずに、生き続け、帰国する事が出来た。
自分では家族へ思いを伝える事は叶わなかったが、仲間がその思いを届けてくれた。
その思いを受け止め、残された私たちに出来る事は…
生き続ける事。希望を持って。
記憶する事。その思いを。
長く長く、いつまでも永遠に、あなたの思いを伝えていく。
山本幡男氏は歴史に名を残した偉人ではない。
が、氏が私たちに伝えた事は、どんな偉人の功績よりも遥かに尊い。