「【タイトルに込められた意味】」MONSOON モンスーン ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)
【タイトルに込められた意味】
最近のベトナムの経済発展は著しい。
冒頭のバイクの群れが交差点で交錯する様を上空から撮った場面を見ると、渋谷のスクランブル交差点の比じゃないなんて思ってしまう。
僕は、この作品の主要な登場人物4人が、ベトナム戦争で大きく運命が変わってしまった人々と、経済発展が著しいなか、伝統と新しい価値の間で揺らぐ人々を象徴的に表現しようとしているのではないかと思った。
ただ、やはり、ベトナム戦争の傷跡を改めて認識することなしに、この作品を理解するのは難しいように思う。
ベトナム戦争では南北ともに甚大なダメージを負った。
おおよそだが、南ベトナム側の軍関係の死者は30万人、行方不明者が150万人、民間人の死者が160万人。
北ベトナム側は、軍関係で120万人、行方不明者の60万人、民間人の300万人が亡くなったと見積もられている。
そういう意味で、簡単にアイデンティティの映画だと片付ける事が出来ない大きな苦悩が根底に横たわっているのだ。
それは、移住した人々と残った人々、戦争で対峙したそれぞれの側の人々、そして、戦争を知る世代と知らない世代の間に横たわっているはずなのだ。
一部のキャッチフレーズに、”僕たちは戦争を知らない”とか、”アイデンティティを探す旅”とか見かけたけれども、それほど簡単ないものではないと感じる。
(以下ネタバレ)
イギリスに移住したキットの両親は、母国を離れて以来、一時的な帰国はおろか、母国について、そして、母国を離れたことについて口にすることはなかった。
リーの両親は、自由主義国に移住を模索したが叶わず、ベトナムに残り、肩身の狭い貧しい生活を余儀なくされた。
ルイスの父は、ベトナム戦争に従軍し、負傷し除隊したが、おそらく戦闘で人を殺害したことや自身の負傷もトラウマとなって、最終的に自死を選択してしまう。
こうした両親世代の抱えた苦悩と、自分達が抱える苦悩。
リンは、発展し変貌するベトナム社会にあって、伝統的な家業と自らの希望するキャリアとの間で揺れ動いているが、キットやルイスがノン・バイナリーであることも、世代間の価値観の違いを表しているのだと思う。
僕は、この作品は、アイデンティティとは何かというより、ベトナム戦争を知る世代も、直接的に関わることがなかった世代も、知らない世代も、様々な苦悩を抱えながら、生きていくのだと伝えたいのではないのかと考えた。
時には、モンスーン(季節風)に逆らい、時には流され、生きて行くのだ。
静か進行する物語のなかに様々な示唆がある佳作だと思う。