「自分の全てを込めて歌う」tick, tick...BOOM! チック、チック…ブーン! 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
自分の全てを込めて歌う
『RENT/レント』は昔一度見たきりで正直うろ覚え。
ミュージカルって明るいイメージだが、重く悲しく暗い作風だったのだけは覚えている。
NYの片隅で生きる若者たちの愛や苦悩の姿を通して、性的マイノリティー、麻薬中毒、エイズなどの問題も投げ掛ける。
本作を見て納得。原点はここにあったのか。
彼が有名になる前に直接触れた、恋人との関係、友情、人種のるつぼであるNYならではの多文化…。
『RENT/レント』がうろ覚えなら、ましてやその生みの親を全く知らなかった事が恥ずかしい。
これから!…という矢先の35歳の若さで死去。その経緯も悲劇的。
今も尚リスペクトが絶たないという。
ミュージカル界のレジェンド、ジョナサン・ラーソンの伝記。
話的にはよくある若者の物語。
ミュージカルの作詞/作曲家を目指す青年。
これまでにも幾つか曲は書いているが、夢はもっとデカい。
最高の曲を! ミュージカル界での成功を! 憧れのスティーヴン・ソンドハイムのように!
…が、言うは易し。
曲が書けない。成功など程遠い。ソンドハイムは30歳前で有名になったのに…。
自分は間もなく30歳。チクタク、チクタク…もう時間が無い。
恋人スーザンは堅実な仕事に就き、引っ越しを誘われているが…、曖昧に答える。
かつては同じ舞台に立っていた友人らも今は現実的な仕事に。マイケルは企業に勤めて、リッチな高級マンション暮らし。
それなのに、自分は…。
毎日毎日、クソ忙しいダイナーでバイトし、うるさい客の相手。
ボロくて狭いアパート暮らし。
一見、明るくて悩みなど無さそうに見えるジョナサン。
が、実は内心、人知れず焦りを抱いている。
それを共感たっぷり表す事が出来たのは、当代きってのミュージカルの天才、リン=マニュエル・ミランダの手腕だからこそ。
本作で監督デビュー。
ミュージカル・シーンの高揚感はさすが。
暗くなりそうなシーン(ジョナサンとスーザンの喧嘩)も“ミュージカル・シーン”はユーモア演出で深刻になり過ぎずに。忙しい日曜日のダイナーのシーンはコミカル滑稽に。
そして勿論、心に響くシーンも挿入する。(クライマックスは曲も含めてピカイチ!)
初監督ながら、抑圧の効いた演出はお見事! にしても、作詞/作曲したり、俳優したり、監督したりと、何とマルチな才能!
また、ミュージカル人だからミュージカル人の分かる事、描ける事がある。
ミュージカルの魅力。楽しさ、素晴らしさ。
世の中、口癖のようにミュージカルが嫌いって言う人が多過ぎる。
私は結構ミュージカルは好き。歌やダンスを通して物語や登場人物の感情を表すのもミュージカルならではの面白さだし、魅了される。
ミュージカル世界の厳しさ、難しさ、苦しさ。
どの世界もそうだけど、これらもそつなく。
ジョナサンは多文化と触れ合い、ミランダは混血。
今年映画化されたミランダの『イン・ザ・ハイツ』もNYを舞台に若者たちの人間模様と多文化。
何処か通じるものがある。ミランダはそれらを通して、ジョナサンに自身を重ね、同時にオマージュを捧げたのではないだろうか。
ジョナサンの喜怒哀楽を素晴らしいまでに体現。
アンドリュー・ガーフィールドがキャリアベストのパフォーマンス!
ヒーロー活動なんかより圧巻の歌唱力とダンス。
高い演技力。
その全てがあのクライマックス・シーンに集約。アンドリューの一挙一動に胸と目頭が熱くなる。
ジョナサン長年準備した舞台が開かれる事に。
が、最悪な事に曲が出来ていない。
曖昧に答えていた恋人との関係が悪化。その結果…。
あまりの不甲斐なさに見てて苛々。でも、誰だって夢と恋人の板挟みになったら…。
差別をする社会への不満。自分は成金にはならず、アーティストになる。金の奴隷となった友人を批判。
一見大層な事を言ってるようだが、傲慢でもある。彼を立派過ぎる人間として描いていない点もいい。
友人マイケルは黒人で同性愛者。貧しい時代は苦労し、差別や偏見も散々受けただろう。それらを乗り越え、今やっと手に入れた地位と贅沢な暮らし。誰にも何も言わせない。
彼にも彼なりの言い分がある。恋人スーザンも然り。悩みを抱えているのはジョナサンだけじゃない。
親友とは喧嘩…。が、ネタバレになるが、公演に来てくれたマイケル。絶賛。
ある時は悩むジョナサンを激励する。「世界にジョナサン・ラーソンは君一人だけだ」
そして、マイケルもまたあの病魔に…。
終盤の感動を持っていってしまった。
ジョナサンがこれまで続けてこれた理由。
憧れのソンドハイムが認めてくれたから。
一度だけお披露目した事がある。他の大御所は貶したが、ソンドハイムは絶賛してくれた。
だからどんなに大変でも頑張ってこれた。
色々乗り越え、全てを掛け、遂に公演の日。曲も何とか。
その評判は…
ジョナサン・ラーソンの才能を絶賛。次回作も期待。
が、長年掛けたこの舞台“スーパービア”については…。
社会風刺的なSF。実は演者からも難解の声が出ていた。前衛的過ぎとの声。
長年全てを掛けた作品がつまり、“コケた”。
自分の中では、最高の作品の筈であった。
情熱が消え失せた。嫌になった。
同じ作品ばかりが繰り返し上映され、それで稼ぐミュージカルの世界。
オリジナルのミュージカルが認められない。
何だか、映画界と通じる。
そんな時、マイケルの激励と病魔。
ベテラン・エージェントからも激励。これが、この世界。作品を作り続ける。
一本の作品を生み出すのにあんなに苦しんだのに、また苦しめと言うのか…?
名助言。自分の事や周りの事を作品にする。
チクタク、チクタク…
30歳過ぎればタイムオーバー。ブーン!…と焦りに焦った20代の最後。
恋人、友人、社会、多文化、自分がこの肌で触れたもの、事。
その全てを込めて。
彼は悲劇的な死まで歌い続けた。
ジョナサン・ラーソンのレガシーは今も尚、歌い継がれる。
何の因果か、ジョナサンが最も敬愛するスティーヴン・ソンドハイムが先日死去。
亡くなったのは11月26日。レビューを書いたのは今日だが、本作品を見たのは昨日(11月27日)で、訃報ニュースも知っていたので…。
ジョナサンはソンドハイムに憧れ、ミランダもソンドハイムと仕事した事あるらしく、ジョナサンの伝記を監督。
本当にレガシーって受け継がれる。素敵だね。