「不可知の敵と戦い、不可知であることを受け入れる。」母の聖戦 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)
不可知の敵と戦い、不可知であることを受け入れる。
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2021年。テオドラ・アナ・ミハイ監督。メキシコで暮らす母と娘。ある日、デートに行くと言って出かけた娘が帰らず、母親には誘拐犯から接触が。警察に連絡して娘の身に万一のことが起きることを恐れた母親は別居中の夫とともに身代金を支払うが娘は帰ってこない。母親はあきらめずに軍に頼って娘の行方を探るが、、、という話。
背景となっているのは犯罪組織「カルテル」だと思うが、犯罪組織の巨大さ、組織の縄張り争い、軍や警察との抗争、その内部の腐敗構造に触れていないので、人々の警察や軍への不信感の意味がわかりにくい。とにかく無条件で母親は一人で娘を救い出そうとしているように見える。しかし、それは意図的なものだろう。一人の母親の目に客観的な社会のありようなど見えるわけがない。娘の誘拐はとんでもない災難であり、それを引き起こしたのは恐るべき謎の組織であり、軍隊もまた正義遂行のためとはいえ暴力を振るう恐ろしい存在である。巨大な力のせめぎあいのなかに放り込まれた非力な私。個人は力の限りを尽くして奮闘するのだが、結果は神の思し召しにすぎない。こうした中南米の「マジックリアリズム」的風土の感じはよく表れている。
不可知の敵を相手に戦うことが生きることである。肋骨一本が発見されてもそれは娘の死を意味するわけではない。だから、最後に母親に近づいてくる人物の正体もわからないまま。もちろん、これが、肋骨が発見されて死亡と判断された娘であることを疑う観客はいない。
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