「自分の寂しさを他人の孤独でうめるんじゃないよ」茶飲友達 ジョーさんの映画レビュー(感想・評価)
自分の寂しさを他人の孤独でうめるんじゃないよ
寂しさを癒す=性欲を解消するという公式が成り立つ限り、茶飲友達(ティーフレンド)の売春行為は正当化される。
妻に先立たれたり、妻から相手にされなくなったり、話し相手がいなくなったりと、理由は高齢者の男性の孤独に起因する。孤独感は動物的本能とマッチングし、性欲の解消の提供側の運営側の若者たちとコールガールたちの孤独感とも微妙に連鎖していく。
寂しさを癒す手段はこれしかないのか。他に解消する方法があるだろう。この昔から受け継がれてきた大人の問いは、この空間では、「正しいことだけが幸せじゃないんだよ」という主宰者の若い女性の言葉でかき消される。
この主宰者は元風俗嬢で、余命いくばくもない母親とはそりが合わず、親子関係は決裂している。
でも、主宰者は、正しいことではないということは認識しているようにも見える。
善悪や幸せの輪郭が、性欲による快楽によってボーダレス化していく世界。
「自分の寂しさを他人の孤独でうめるんじゃないよ」
主宰者を取り調べる女性警察官の言葉。この言葉が正解とはけっして思わない。だが、少なくとも眠気眼が、一気にカッと見開くような衝撃が走ったことは間違いない。
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