エル プラネタ : 特集
【インディーズ映画ファン必見】
SNS映えに生きる母娘の虚構生活を
スタイリッシュに描いた新星の初監督作
2021年のサンダンス国際映画祭で話題を集めたミレニアル世代のマルチアーティスト、アマリア・ウルマンの監督作「エル プラネタ」が、1月14日からの劇場公開前にシネマ映画.comで1月8日から10日まで期間限定先行配信されます。脚本・主演・プロデュース・衣装デザインを自ら手がけ、アマリアと実母アレ・ウルマンが母娘役を演じ、生活苦に陥った母娘の虚構にまみれた日常を、オフビートなユーモアを交えスタイリッシュなモノクロ映像で描いた作品です。
初監督作ながら、その映画的センスがジャン=リュック・ゴダール、ジム・ジャームッシュ、グレタ・ガーウィグを彷彿させる、と世界の映画人たちから高く評価された注目作の見どころとレビューをご紹介。インディーズ映画好きは必見、アート、映画、ファッションと各界からの期待を担う旬の才能をいち早くチェック!
エル プラネタ(アマリア・ウルマン監督/2021年/82分/G/アメリカ・スペイン合作)
<あらすじ>ロンドンでの学生生活を終え、母が暮らすスペインの海辺の田舎町ヒホンに帰郷した駆け出しスタイリストのレオ。しかし母は破産寸前の状態で、アパートも立ち退きを迫られていた。母娘は崖っぷちの生活に追い込まれながらも、SNS映えするスタイリッシュな暮らしを求め、身の回りのものを売り、ハッタリをきかせてお金を稼ぎ、どうにかその日を生きていく。そんなある日、チープな雑貨店を訪れた母娘は、ロンドンから来たというハンサムな店員と知り合う。
■アマリア・ウルマンって?架空のInstagram投稿をアート作品にした気鋭のアーティスト
1989年ブエノスアイレス生まれ、アメリカ在住。2014年、自らを被写体としInstagramとFacebookでミレニアル世代のリアルと虚構を表現したアート作品「Excellences & Perfections」が、テート・モダンやホワイトチャペル・ギャラリーにデジタルアーカイブされました。ブランド品に囲まれたり、豊胸手術を受けたふりをしたり、時に金銭的援助をしてくれる男性の存在を匂わせたり……という架空の若い女性の日常をポスト。時代を象徴する作品として評価されました。
アマリア・ウルマンの「Excellences & Perfections」
ウルマンはSNSのほか、ビデオ、彫刻、写真、インスタレーションなど様々な手法や媒体を用いて、階級の模倣や消費主義、アイデンティティとのかかわりをテーマにした作品を発表。2015年にGucciのクリエイティブデジタルプロジェクト#GucciGramに起用され、2016年にはForbes誌の「世界を変える30歳未満」30人に選出、第78回ベネチア国際映画祭では新人監督審査員に抜てきされた、正に時代の寵児。今回の映画「エル プラネタ」で、そのアーティスティックなセンスを確認できます。また、今年2月に東京で開催される「第14回恵比寿映像祭」でも作品が展示される予定です。
■崖っぷちのパパ活、交通費がなく仕事をふいに 金融危機のスペイン地方都市に生きる女子のリアル「エル プラネタ」の舞台は、アルゼンチンからの移民であるウルマン監督が育ったスペインの海岸都市ヒホン。夏場はリゾート地として各地から来た観光客でにぎわうが、シーズンオフは閑散とした街なのだそう。2008年の世界金融危機で観光産業は打撃を受け、もともと高かったスペインの失業率は、最悪期で25パーセントまで達し、ウルマンも、母と共にホームレス寸前の暮らしを経験したことが、本作製作のきっかけのひとつだとインタビューで語っています。
劇中で映し出されるヒホンは、空き店舗や空き家が目立ち、街を歩く人もまばらで高齢者ばかりでどこか寂しさを感じます。映画の主人公はロンドンでファッションを学んだレオ。両親の離婚が原因で、定職のない母娘ふたりきりの貧困生活を送るのですが、ファッションセンスはもちろん、ルックスもスタイルも抜群な彼女が、カフェで待ち合わせるのはSNSで知り合ったさえない中年男性。
“パパ活”の金額交渉をするも、とんでもない条件を提示され打ちひしがれます。その後偶然出会ったハンサムなアジア系青年にナンパされ、運命を感じたレオでしたが……。仕事もオンライン会議のための無料WiFiを近所から拾ったり、ビッグチャンスのオファーも交通費がなく逃してしまったりと、SNSの投稿からは見えない、全くキラキラしていない日常をリアルに描きます。
■実の親子が劇中で母娘を演じる。まるで姉妹のようなふたりの関係が心地よいレオの母マリアを演じるのは、監督の実母アレ。レオと外出するときは、ブランドのバッグに、ファーコートという装いで、生活苦には見えないゴージャスな雰囲気を演出します。自宅の冷蔵庫はからっぽ、食料はクッキーくらいしかないのに、レオのSNSでこの母娘は街のインフルエンサー的存在なのか、ヒホンの高級レストラン「エル プラネタ」の新メニュー試食に呼ばれるのです。
そんな母のキャラクターも見どころのひとつ。出産でキャリアを断念して以来、職を見つけることができず、どうやら娘には秘密の万引き稼業で日々の糧を得ている模様。生活は危機的な状況にあるけれど、セレブや高級品好きで、非科学的なおまじないのような呪術を信じ、カードが使える店では後先を考えずに豪遊してしまう……。なかなか困った女性ですが、娘を愛し、娘もそんな母を受け入れ、まるで姉妹や女友達のような関係で、ハプニングもユーモアに変えながらその日暮らしを楽しんでいるかのよう。母子ともに映画女優として初演技には見えないナチュラルなやりとりが魅力的です。
<レビュー> 貧困母子のリアルと虚構がないまぜに ほろ苦くユーモラスなブラックコメディ主人公は海沿いの町に住む若く美しい女性レオナール、愛称レオ。落ち着いたモノクロームの映像から、ちょっと捻ったお洒落なバカンス映画と思いきや、早々に際どいパパ活交渉からスタート。相手はとんでもない要求を提示した後、何事もなく娘の習い事の迎えに行くとのたまい、待ち合わせのカフェで飲み物も頼まない“ケチなパパ”だった。しかし、なぜ彼女はこんなことをしなければならないのか……徐々に貧困母子家庭の内情が明らかになる。
レオは、スタイリストとしてニューヨークでクリスティーナ・アギレラの仕事を依頼されるような実力を持つにもかかわらず、飛行機代が出ないとのことで受けられない。空き店舗ばかりの閑散とした街を歩くレオ。デパートも撤退し、後は1ユーロショップ(日本でいう百均)が入るという。貧困の中、メルカリのようなシステムだろうか、待ち合わせした人に商売道具のミシンも売ってしまうし、運命的な出会いに思えたイケメンとの恋もつかの間の夢に終わる。しかし、こんなつらい現実は淡々と描かれ、さほど悲壮感がないのは、レオはSNSの中の自分が本当の自分の姿だと信じているのが、私たち観客にも伝わるからなのかもしれない。
そして、キャリアも勤労意欲もなく、悪びれず犯罪ができる夢見がちな母。離婚理由は分からないが、レオの父である男性との関係に絶望している。親子というより、姉妹や親友同士のようなガールズトークから伺える、ふたりの仲の良さがこの映画の救い。その上なにより、お洒落してふたり連れ立って歩く姿は、どんなみじめな日常を送っていようと、他人は知る由もないし、やはりかっこ良く見えてしまうのだ。このように、この映画は目に見えない本質とビジュアルの関係性についても問いかける。
SNSによって他者の日常生活が可視化されるようになり、羨望を集めるインフルエンサーのアカウントはカラフルなものが多いが、その裏側と現実を描いたこの映画は無彩色。しかし本編が終わった後に、カラー映像が差し込まれる。スペイン王室のイベントで来訪した映画界の巨匠の姿、華やかなレオナール王女の話題に、貧困や失業率の高さを訴える若者のデモ。あれ、何がリアルなんだっけ? そんな戸惑いの感覚も観る者に与え、我々が良く知る国の現状と重ねて見ることもできる社会派映画の側面も。旬の若手アーティストの才気を感じられる一作だ。(今田カミーユ)