劇場公開日 2022年2月12日

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「元従軍慰安婦のが名乗りを上げたという報道は、20代の自分には衝撃で...」標的 もいちさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0元従軍慰安婦のが名乗りを上げたという報道は、20代の自分には衝撃で...

2022年5月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

元従軍慰安婦のが名乗りを上げたという報道は、20代の自分には衝撃で、遠いと思っていた大東亜戦争が生々しく立ち上がって来るか感覚を覚えた記憶がある。その後、自分は「これは本当なのか」(話は盛られていないか)、厳しく検証しなければならないと思った。政治的イシューとして利用されやすく、自分も足下を掬われなとも限らないと感じたからである。
彼女らはしばしば日本で開かれる集会に招かれ、私は集会に参加して目を凝らして実物の彼女らを見た。しかし、そこに居るのはそれぞれ一言で語れない人生を送った一人一人の存在に過ぎず、証言の細部が事実かどうかは素人の自分が知る由はなく、「ある事実」が彼女たちにとってどういう意味を持ったのか、自分に知る事ができるのはそれだけ(つまり現在の彼女たち)だと気づいた。

あの記事が出て随分年月が経って、新聞社と記者へのバッシングが起こり、それ自体はちょっとした小競り合い程度のものだろうと思っていたら、朝日が謝罪したとの報が出た。「?」何を謝罪?と考えた。史実に迫り、探る作業には困難が伴い、多分に誤謬が混じる可能性だってある。そして朝日が伝えた記事に含まれる大きな誤謬の可能性は、吉田清一氏という証言者の証言の信ぴょう性という一事のみ。であるのにまるで従軍慰安婦という存在そのものを伝えた事に謝罪したような印象を受けた。組織の内部では議論が歪な道を辿る事があるが、朝日という新聞社は何か追い詰められでもしているのだろうか?・・記者だった映画の主人公が教員を務めるはずの大学を追われたとの報道も耳にしたが、釈然としないながら深掘りもせずにいた。

映画は自分の怠惰を埋めるように、批判された当人がその後どういう人生を送ったか、バッシングの不当さ等について説明してくれていたが、ドキュメンタリー映画の出来としては、感情に訴える音楽使用などで補強され、自分的には理想的な形ではなかった。
とは言え知るべき事実を伝える映画ではある。
映画の終盤、櫻井よしこ・西岡力各氏が雑誌に書いたバッシング記事への名誉棄損訴訟で、原告・植村元記者が敗訴判決を受けたと伝える。だが、その後櫻井氏からは記事に関する謝罪があった旨もさらりと伝えていた。

最後に「慰安婦」問題についての自分の考えを。もっと「普通に」、歴史事実に分け入る学術の領域を尊重し、一方政治的決着の有無については、「かつての加害国」の節度(謙虚さ)をもって主張すべきはする、という姿勢を取り戻してほしい。他国を批判して人気を取る手法(およびそれで人気がとれてしまう国)は二流国家の姿。その事が何より情けない。映画を観てその事をまた思い出させられた。

もいち