「奇跡の再競演が、新たな奇跡を呼ぶ快作!」ただ悪より救いたまえ 高橋直樹さんの映画レビュー(感想・評価)
奇跡の再競演が、新たな奇跡を呼ぶ快作!
役柄になりきるという意味において特筆すべき俳優がいる。
『タクシー・ドライバー』や『レイジング・ブル』のデ・ニーロ、『ディア・ハンター』のクリストファー・ウォーケン、最近だと『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のカンバーバッチ。体型を変えてしまうクリスチャン・ベール、ラース・フォン・トリアーによって追い詰められたエミリー・ワトソンやビョークも忘れられない。
映画は監督で観るのが僕の基本だ。次に重視するのは脚本家なのだが、脚本と言い換えると頼りにする俳優が選んだ作品であれば間違いがない。
『ただ悪より救いたまえ』は、韓国映画界を代表するファン・ジョンミンとイ・ジェンジェが揃い踏み。『新しき世界』(2013)以来、約7年振りの再競演である。最も信頼できるふたりの俳優を本気にさせた脚本を書いたのは『チェイサー』(2008)のホン・ウォンチャン監督。予期できない展開の連続で観客の度肝を抜く、僅か108分の骨太な作品を仕上げてくれた。
東京で悪党を暗殺する謎の男の登場で幕を開けると、舞台はいきなりバンコクへ。幼い娘とふたりで暮らすシングルマザーの女性へとフォーカスされる。暗殺の依頼者からの電話で男の素性が少し明かされ、殺された悪党には腹違いの弟がいたことが告げられる。
「女が死んだ、引き取り手がいない」…元上司からの電話を受けて男は韓国へと飛ぶ。彼女が殺された理由を追ってバンコクへ。男が引き受けた最後の仕事を端緒に、男をめぐる過去と現在、すべての点がつながり疾走を始める。
元韓国国家情報員の男インナムを演じたファン・ジョンミンは、生きる目的を失って自分を持て余している。
イ・ジェンジェは誰ひとり信じない凶暴な男レイになりきり猛烈な追撃を続けていく。
パク・ジョンミンが演じるユイは、本当の自分になる手術費を稼ぐためにインナムのガイドを引き受ける。
この次に一体何が起こるのか。母と娘のゲームは、男と少女のひとときへと受け継がれ、要所には時限装置が仕掛けられ否応なしに緊迫感が増していく。絶妙なタイミングでインサートされる明暗のコントラストが鮮烈なカットは、構図の力も重なって絶妙に効いている。
自分の居場所はどこにあるのか。圧巻の熱量で今を生き抜こうともがく男たちは、その先で何を見つけるのか。