「「コロナ禍」以前を振り返ったなら…」ちょっと思い出しただけ 悶さんの映画レビュー(感想・評価)
「コロナ禍」以前を振り返ったなら…
【鑑賞のきっかけ】
劇場鑑賞を逃していた一作。
動画配信での鑑賞が可能となっていたので、早速、鑑賞開始。
【率直な感想】
<2021年7月26日月曜日から物語は始まる>
本作品は、照生という劇場で照明係を行っている男性と、葉というタクシードライバーの女性のラブストーリーです。
趣向として面白いのは、やはり、照生の誕生日である7月26日を1年ずつ遡るという形式で描いていくところです。
さて、この7月26日月曜日というのは、照生の住む家のカレンダーに表示されていることで特定されます。
そして、2021年というのは、葉が乗っているタクシーに東京オリンピックのロゴが書かれているのと、冒頭、彼女が乗客との会話で「東京オリンピックやるとは思わなかったですね」と話していることから。もちろん、この年の7月26日は実際に「月曜日」でした。
しかも、東京オリンピックの開催は、2021年7月23日から8月8日まで。
つまり、この作品の「第1日目」は、正に東京オリンピックの開催真っ只中。
日本中が、新型コロナウィルス感染者数が増加するのでは、と懸念を感じていた時。
フィクションでありながら、年月日が特定されるというのは、珍しいです。
でも、この作品は、ラブストーリーではあるけれど、「コロナ禍」の前を振り返ることが大きなテーマなので、こういう設定になっているのでしょう。
<冒頭の1日は最重要>
2021年7月26日から1年ずつ遡るという展開上、冒頭15分くらいの「第1日目」の内容はとても重要です。
そこで描かれていることの本当の意味が、後の物語展開の中で分かる部分が多く盛り込まれているからです。
今回、劇場鑑賞は逃しましたが、動画配信で良かったことは、作品を観終わった後に、もう一度、冒頭の部分を鑑賞できたことです。
これにより、私は、この作品の物語がかなり緻密に出来ていることがよく分かりました。
<設定にも緻密さがある>
物語展開は、どう書いてもネタバレになるので触れませんが、ここでは、「コロナ禍」という点で、リアリティを感じさせる部分がありますので、お話します。
冒頭の「第1日目」の中で、照生が勤めている劇場で公演が行われ、彼が舞台の照明を手掛けます。
ここで行われている演劇なのですが、セリフや歌が一切なしのダンス(BGMは流れます)。
観客たちは、もちろんマスクを着用しています。
では、何故、演者は全く無言なのか。
それは、新型コロナウィルス感染症対策のため、と思われます。
演者が大声で歌ったりした場合、飛沫感染はしないのか?
そういう劇場側の配慮と考えられます。
実際、当時、国内の劇場のいくつかで、公演中止となったケースがありました。
そして、対照的なのが、このシーンの後、葉のタクシーが一人の男性客を拾うのですが、その男性が、「今日は、本当はライブだった」と語ります。
つまり、男性はバンドの一員で、舞台で生演奏をして歌う予定だった。
それが、飛沫感染を恐れた劇場側の配慮で中止になったと考えられるのです。
こうした部分のリアリティは、作品づくりの巧みさが窺えるところです。
なお、この2つのシーンは、ある部分で、後の展開の中で重要な点を含んでいるのですが、その部分はネタバレになるので、触れません。
【全体評価】
本作品は、ラブストーリーであり、確かに恋愛模様を楽しむという要素があります。
しかし、先述のとおり、「コロナ禍」から遡ることで、「コロナ禍」の前と後では、観客自身の日常も大きく変わってしまったことに気づかされる、そんな作品であったと感じています。
ただ、いくら「コロナ禍」以前を懐かしがっても、人生は後戻りできない。
だから、「ちょっと思い出しただけ」と控えめに表現しているのでしょう。