劇場公開日 2023年4月14日

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「幻想は続く」幻滅 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 幻想は続く

2025年10月30日
PCから投稿

原作Illusions perduesを読んだことはないが印刷工として働き小説を書いたバルザック自身の経験が色濃く反映されているとのことだった。自作を新聞に連載していたバルザックは批評家から辛辣な評価を浴びつづけ有名な「もしジャーナリズムが存在しないなら、間違ってもこれを発明してはならない」という発言を残したそうだ。

嘘が報道によって真実になり、凡人が批評によって天才にもなる、そんなメディア・ジャーナリズムの虚構性が絢爛たる19世紀のパリを舞台に描かれていて、そのデタラメぶりは衝撃的なほどだった。
とはいえメディアの影響力を描いた本作は現代にも通じるところがある。テレビや新聞が誰某の支持率があがっていると言えば、われわれがまったく真逆の意見をもっていても世間はそうなんだろうなという認知によって、事実上の支持が醸成されることがあるからだ。いま盛んにオールドメディアという言葉が行き交い、実質的に大衆操作をおこなってきたテレビや新聞が批判されているが、謂わばそういった扇動ジャーナリズムの草創期の話がIllusions perduesだと言えると思う。情報発信者全員がイソコや横田みたいな迷惑系・扇動系だと考えればそのカオスを想像しやすいだろう。

映画のもうひとつのポイントは田舎者はダメだ、ということだと思う。
主人公のリュシアンは下層中産階級の父と貴族出身の貧しい母の間に生まれ、貧しく、せっかちで、ハンサムで、野心家である、と設定されている。順応能力があれば、そのような下層階級の田舎者であっても、都市生活のあいだに洗練されていくだろう。しかし田舎者が染みついたシン田舎者は、田舎者から脱却できない。かれは金や権勢を得るたびに有頂天になってそれをただ浪費した。慎重さや想像力がまったくなかった。

田舎者のことをご存じないなら説明は難しいが、いじわるで、ずるくて、自己中で、嘘つきで、浅はかで、信じられないほど無自覚でようするに田舎者なのであり、たとえばわたしの母は田舎者で終生そのいやらしさが抜けなかった。田舎者というのは人によっては直らないものだ。そのような田舎者は結局なにをやってもダメだということが描かれていたように思う。
また、これらは人間喜劇と題された連作の中にあり、たしかに直面したときは悲劇であっても、人生は俯瞰したとき何もかもコメディの様相を呈する。リュシアンも悲愴に描かれてはいたが全体からみると滑稽なだけであり、それを赤裸々に描いた本作には迫力と説得力があった。けどちょっと長かったかな。

いつも不適切な邦題のことを非難するが、本作は原作に充てられた日本語版題とのことで、ちなみに原題は「幻想は続く」と訳された。
個人的に幻滅というタイトルからトオマスマンの短編が想起され、その映画化だと思ったが、違っていた。トオマスマンの幻滅を読んだわけではなく、昔読んだ筒井康隆の短編小説講義という本にそれがあがっていたので知っていた。
imdb7.4、RottenTomatoes93%と92%。

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津次郎
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