「この画角で表現したこと」あのこと しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
この画角で表現したこと
観始めて早々、画角の狭さに気付いた。
印象としては正方形に近い。
調べたら1.37:1とのこと。
主人公は予期せぬ妊娠をした大学生アンヌ。
物語の舞台は60年代フランスで、当時、中絶は法律により禁止されていた。
アンヌは教師を目指している優秀な学生。
だが、妊娠、出産となれば大学を中退せざるを得ない。当時、女性にとってそれは主婦になるか、または工場などで働く労働者になることと同義だった。
物語の流れとしてはタイムリミット・サスペンスである。
妊娠週の進行がテロップで表され、時間が、着実に主人公を追い詰めていく。
そこに、この画角の狭さが効いている。
画面の窮屈な感じが、緊迫感をよく表しているのだ。
どこにも持って行き場のない苦しみ、心の余裕のなさ。
そして心理面だけでない。
中絶手術が禁止されている以上、主人公には取り得る行動の選択肢がほとんどない。つまりどうにも手の打ちようのない、いわゆる“詰んだ”状態にあるのだ。
こうした状況を本作は実に巧く表現していて、終始ヒリヒリとした感覚が狭い画面から溢れ、観るものに迫ってくるのだ。
加えて、本作にはたびたび主人公のクローズアップがある。
そして時間の進行とともに、彼女の苦悶の表情は深まる一方なのだが、この画角は、観客とアンヌとの距離感を縮めている効果があると感じる。
アンヌは孤独だ。
妊娠のことを打ち明けられる人は限られる上、親身になってくれる人はさらに限られる。
そもそも妊娠は、その女性の身体に起こることで、たとえ夫がいたとしても、その身体感覚を共有することは困難だろう。
その、孤独なアンヌを捉える画面が、この画角ゆえ近くに感じられるのだ。
観ていて何度か震え上がるような、身体的に“痛い”シーンがあるのだが、まさに画面から「迫ってくるような」感覚が伝わってくる。
結局、闇医師の手により、アンヌは中絶の施術(“手術”とは呼べないだろう)を受けることが出来た。
施術を受ける場所が、「袋小路の道の最上階」というのも象徴的だ。
まさにアンヌは袋小路に閉じ込められていて、助けを求めて天に近づくしかない。
ラスト、物語は意外な結末を見せる。
終盤、アンヌは、指導教授に講義録を見せてほしいと頼みにいく。
妊娠によって勉強が手につかなかった分を挽回するためである。
そしてさらに彼女は、将来の志望を教師から作家へと変えると教授に告げる。
この妊娠は、彼女にとって歓迎したくない「事件」ではあったが、確かな変化と成長をもたらした。
本作の原作者、のちにノーベル文学賞に輝く作家アニー・エルノーの誕生である。