劇場公開日 2022年12月2日

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「「痛み」を含めた身体感覚の擬似的な体験が強烈に印象的な一作。」あのこと yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「痛み」を含めた身体感覚の擬似的な体験が強烈に印象的な一作。

2023年1月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

本作のカメラはほぼ全編、主人公アンナ(アナマリア・ヴァルトロメイ)に密着しており、観客はまるで彼女にまとわりつく透明人間にでもなったかのように、彼女の肩、あるいは頭越しの映像を辿ることになります。

完全な一人称視点とも異なる、こうした「密着型三人称視点」とも言うべき描写は、『サウルの息子』(2015)や『レヴェナント:蘇えりし者』(2015)でも用いられた手法ですが、本作は画面がスタンダードサイズに近く、要するに左右が切り詰められた画面であるため、さらに『サウルの息子』を想起させる画面となっています。加えて被写界深度(ピントの合う範囲)を極端に狭めて、画面の大半がぼやけているところもまた、『サウルの息子』を思わせます。

こうした撮影手法の目的は明確で、オードレイ・ディヴァン監督はアンナが見たもの、感情、そして痛みの感覚すら、観客との同期を試みています。観客が体験するものは1960年代の大学生、アンナの数週間の経験です。中絶が違法だった1960年代のフランスで、予期していなかった妊娠が明らかになったアンナがどのような判断を下し、行動するのか。その下した決断と行動は余りにも鮮烈で、疑似体験とは言え時に目を背けたくなります。近くで鑑賞していたご年配の男性が思わず「お、おお…」と言葉にならない呻き声を発して身をすくませるほどでした。

ポスターの文言ではアンナが目的のために主体的に「闘った」ように受け取れるのですが、彼女はむしろ、実際に妊娠した女性の身体や感情を置き去りにしている当時の法律、人々の相互監視、社会関係だけに関心がある男性などに翻弄され続けていることは明らかで、鑑賞後にポスターを見返すと、ちょっと違和感を感じてしまいました。

鑑賞にはそれなりの心積もりを要しますが、遠い国の過去の物語ではなく、現代の問題として多くの人に観られるべき作品でした。

yui