「簡単な映画ではない」パワー・オブ・ザ・ドッグ goshiraさんの映画レビュー(感想・評価)
簡単な映画ではない
最初のナレーションが表すように、子供が母親を守るために間接的に殺人を犯す物語だ。ではそれは何を表現しようとしているのか?
タイトルは旧約聖書からの引用で、「剣から命を守り給え。犬の力から魂を守り給え。」から来ていて、ここで「犬の力」は邪悪な心を表しているらしい。確かに母親を守るためとはいえ、その解決方法が間接的な殺人というのは邪悪ではある。
ここからは想像だが、監督が描こうとしたのは男性原理と女性原理の対立ということだろう。20世紀初頭の米国の西部を支配していたのは暴力や知性に象徴される男性原理であったが、時代の流れなどにより女性の社会的地位は徐々に上昇しつつあった。20世紀は女性原理が社会の表に現れた時代だ。そうなると当然男性原理と女性原理は対立することになる。それが主人公による弟の妻に対するいじめとして表現されている。
一方、主人公は男性原理のみで生きているようで実は内心女性原理への憧れを隠し持っている。それがやや女性的な雰囲気を持つ義理の甥に当たる青年への好意として表されている。ただ、この女性的な雰囲気を持つ青年は医学の知識と、母親を守るという強い意志を持っていた。一見犬のように従順に見えながら、その内面は目的のためであれば殺人もためらわない邪悪な心の持ち主でもあったのだ。
映画において男性原理の主人公は炭疽菌で死に、母親は主人公の弟と幸せになることが暗示され、それを窓から見守り、炭疽菌による殺人の道具として使ったロープを手袋で慎重に扱いベッドの下に隠すシーンで終わる。
21世紀は女性原理が勝利を収めつつある世紀であり、それは必ずしも優しさや愛情だけによって象徴されるのではなく、男性原理と同様に邪悪さを持つこともある。その邪悪さは水面下に隠す必要があるというのが監督の結論ということだろうか。