笑いのカイブツのレビュー・感想・評価
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イライラするならたぶんそれは“大衆”のひとり。
人に最近見て良かった映画はなに?、と訊かれたとして
しばらくは真っ先に思い浮かぶこと間違いなし。
なんだけど、答えるかって言われたら躊躇する。
自分が感じたこの面白さを伝えられる自信がない。
あの心に渦巻くような先の見えない黒々とした感覚。
感覚そのものを上手に表現することができなくて別の形で吐き出す。
だけどやっぱり“人間関係不得意”が邪魔をして。
吹っ切れて仕舞えばなんだこんなもんだったのか。しょーもな!って感じで
そこからは苦手ながらもなんとなく適応出来始めるんだと思うんだけど
あの感覚って経験した人にしか分からないんじゃないかなぁ。
上手に説明できて人と関われるならああはならないんだよ。
当たり前にできる人には分からないからきっとイライラするんだろうな。と当事者側の視点で観てた。
それを見事に演じ切る岡山天音、さすがです。
ともするとうるせえ!って感じの、でもメロのいい音楽も演出として好きだった。と思ったら村潤。あれ?最近の活動知らないけど映画音楽の人じゃないよね?
脇を固めるキャストたちも好きな人ばかりで、とにかく自分にはブッ刺さりでした。
この映画が見れたことが嬉しい。
笑いの異物
主人公が嫌いなまま終わったので、あまり楽しめなかった。
バイト中もネタ作りが最優先で、まともに仕事をしない。
周りに迷惑ばかり掛けてるのに、すぐに逆ギレ。
それでも圧倒的な才能を感じれば観られたかもしれないが、個人的にはそこもまったくハマらず…
劇中で一番笑えたのは自販機にコーヒー買いに行ったときのコケ方だけど、これもクスリ程度。
それなのに、松本穂香や菅田将暉、仲野太賀には声を掛けられ、認められる。
「実話です」と言われたら何も言えないが、特に松本穂香の件は元同級生とかでもないと理解ができない。
そういえば、家にお呼ばれした後が全カットだったけど、あれもよくなかった。
その時の状況次第で、終盤の「彼氏がいる」という言葉の受け取り方が全然変わってくるのに。
演技に関してだけは抜群によかった。
岡山天音は怪演だし、菅田将暉や仲野太賀は安定、片岡礼子が終盤見せる泣き笑いは最高です。
しかし、やはり最後まで身勝手を貫いた主人公には共感も応援も送れない。
絶対に一緒に仕事したくないし、上の立場なら使わない。
ドラマチックなエンディング曲を流されても、こちらの印象は流しきれません。
笑いに取り憑かれたキッカケなども描かれないため、自分には異常者にしか映らなかった。
成功を掴むところまでやるか、せめて心を入れ替えてくれないと話として纏まってすらいないと思う。
共感を超越した感情
世間で相手にされないタイプを地でいく、構成作家ツチヤタカユキ。
自尊心が高くて、人間関係が不得意で、自己実現に向けた狂人的な努力こそがすべて。
1日1,000個のボケネタを創り、伝説のハガキ(投稿)職人と言われた男。
普段はほとんどスポットが当たらない一構成作家の、壮絶なまでの自己中心的な生き様。
最初は究極の私小説じゃないか、と思った。能力があるのだから、もっとうまくおやりなさいよ、とも感じた。
しかし……。なぜか涙があふれた。映画館の館内からも、いくつかすすり泣きが漏れ出ていた。
いつも名脇役だった岡山天音の想定外の熱量にやられたのだろうか。
ツチヤの良き理解者である、人気お笑い芸人(仲野太賀)と半ぐれ(菅田将暉)の段違いとも言える快演に度肝を抜かれたのか。
およそ自分とは全然違うタイプだと突き放して見ているのに、突き放しても、突き放しても、ツチヤが近くに吸いついてくる。そんな感覚が襲ってくる。
共感なんかできやしないと横を向いても、じっとオレの目を見ろ、と迫ってくる。
世間に対して不本意ながら折り合いをつけて、燃えつきることを覚悟で闘ったことのない人間が不覚にも流す涙を、あざ笑うかのように。
これを共感と呼ぶにはあまりにもおこがましい。究極のプロ根性のツチヤに失礼だ。
ただ、ツチヤの捨て身の熱量に、小声ながら、あっぱれ!とだけは言いたい。
突き進めー~迷惑だけど
病的に構ってちゃんかつコミュ障の主人公はお笑い一筋、仕舞にはせっかく入ったお笑い業界でも人間関係で浮きまくり辞めざる得ない結果にそれでも溢れるお笑いへの情熱は主人公の現実とは関係なく暴れ出す、関わる人は大抵逃げ出すけど少しの理解者さえいれば何とか成る事も、普通人に圧倒的に欠けて要るものに気付かされる。
同じ大喜利好きとしてもヒく
2024年劇場鑑賞6本目。
自分もYoutubeで大喜利配信にコメントで参加するのを趣味にしているので
大喜利には馴染みが深いのですが、この主人公ほど大喜利の事を考えすぎて
バイトをクビになるまでは振り切っていないです。こうやって映画も観てますしね。
これだけ笑いに真剣になっている割には本人は結構怖い感じで、
作家志望なのもそれを自覚しているからなのでしょうが、
普通の世界より縦や横のつながりが大事そうな芸能界でこの性格は
致命的なのでは・・・?
劇中に出てくるベーコンズのモデルがオードリーで、
中野太賀が演じてるのが若林というのを映画が終わってから知ったので
全然違う印象で見てましたね。しかし最後のネタ春日に当たる人すべってたなぁ・・・。
突き抜けた人間の凄みと面白さ
何事にも突き抜けた人間の生き様は物語になりうる。それが自叙伝であっても。本作の主人公の突き抜けた部分はお笑い。ハガキ職人やって、テレビの大喜利番組でレジェンドになって構成作家になるという流れ。たしかにすごい経歴だ。天才というより執着型の秀才という印象。いろんなことを削ぎ落としてお笑いだけに情熱を傾けるその姿はやはり凄みを感じるものだった。
一方で「人間関係不得意」な部分は共感できないし、魅力的にも思えない。世の中ある程度のコミュニケーション能力がないと成功はできないよな。大谷翔平や久保建英や藤井聡太やADOが、あんなコミュニケーション能力しか持っていなかったとしたら、あそこまで成功しただろうか。いや、それでも明確な評価基準がある競技やジャンルであれば成功していたかもしれない。そういう意味でお笑いの世界であのコミュニケーション能力は致命的とも言える。もう少しうまくできないのかと焦れてしまうし、切なさも感じた。だからこそ彼が苦悩し悩みあがく姿がドラマになるってことなんだろう。共感はできないし、人間的にも好きと思えない人物の自叙伝的映画なのに、それでも面白いと感じてしまう不思議な映画だった。
あのコミュ障なところを演じていたのが岡山天音だった点もよかったんだと思う。彼の掴みどころのないキャラが見事にハマっていたし、怪演とも言える演技だった。彼の代表作の一つとなっていくのは間違いない。
観終わった後に調べたのだが、彼と一緒にやろうと呼びかけたのがオードリーの若林だったことも驚いた。いや、たしかにベーコンズはオードリーっぽかったけど!彼も人見知りでありながら、お笑い芸人として成功を収めていることにまた別の感慨を覚える。
リアルな存在としてのツチヤタカユキを知らなかったから、彼が病みそうで死にそうなことにハラハラしてしまった。今も活躍していることにホッとした自分がいる。生きてナンボだよ。
岡山 中野 菅田の役を
シャッフルしても面白くなるはず。
岡山天音の怪演ぶりには驚いたし良かった。中野、菅田も魅力的で相変わらず上手い。でもまた別物になるだろうけど、菅田将暉主演の方が映画はヒットするのかなとも思いました。
見ててお腹痛くなる(笑ってじゃないよ)
実在の人物の話。
話自体は普通だけど、演出と役者が良い。
主人公の笑いへの執着がJorkerイメージしてたかなぁと思う位凄まじかった、なんか見てる自分も体調悪くなった気がするよ。
当然周辺人物もモデルが居るわけでオードリーの若林らしいとレヴューで知ったが、中野は少し重くてお笑いはイマイチであった。
あの年代の若手男子俳優は仲が良さそうで楽しそうに客演、友情出演しててよいよね。
磨きあってどんどん凄くなって欲しい。
松本穂香が抜けてていい感じだったなぁ。
笑えないお笑いの映画
まさに血を流しながら作る作品、泣こうが、笑おうが、感動しようが、こうやって作られるのか
これはリアルなお笑いの世界の作品なんですね
重苦しい題材を、各若手役者が素晴らしい作品にしている
実力と現実
天音君の主演映画は初めて見るので楽しみでした。熱演でした。
笑いを作っているのに、その本人はもがいて苦しんでいる話。
ロクに挨拶もできない、バイトもすぐクビになる。こりゃダメだわ。。
そんな社会になじめない人なのに、手を差しのべてくれる人たちが少なからずいる。それが、才能がある事のメリットなのでしょうか。
周りの人の思いや自分の振る舞いに、少しでも気づけば、変えていける。一度は沈んでもまた浮上できる。ラストはそんな感じだったのかな。ふっきれたような顔で、またここからと思わせてくれて良かったです。
脇を固めるベテラン勢がとても良い。
菅田将暉はかっこよかった。スタイルがいいからこの役のファッションが似合ってました。
仲野太賀は言うまでもないですが、劇中の漫才の舞台も面白かったです。
松本穂香も、こんな感じの子いるなあと上手でした。
音がちょっとくぐもって聞き取れないセリフがあったのだけ残念だったです。
目的地の前にある障壁は、理想と現実という名の絶壁だった
2024.1.9 イオンシネマ京都桂川
2023年の日本映画(116分、G)
原作はツチヤタカユキの自伝小説『笑いのカイブツ(文春文庫)』
伝説のハガキ職人の、笑いに取り憑かれた男の悲哀を描いたヒューマンドラマ
監督は瀧本憲吾
脚本は瀧本憲吾&足立紳&山口智之&成宏基
物語の舞台は、大阪の下町(ロケ地は大阪市都島区)
テレビ番組「デジタル大喜利」のレジェンドを目指してネタを投稿している構成作家志望のツチヤタカユキ(岡山天音)は、膨大な量の投稿を繰り返し、ようやくレジェンドの座を手に入れることになった
ツチヤはおかん(片岡礼子)と一緒に住んでいたが、おかんは男を取っ替え引っ替えしていて、生活が向上する気配はなかった
レジェンドとなったツチヤは、地元の劇場に向かい、その実績を「アッピール」するために劇場に向かった
そこではステージのリハが行われていて、支配人(お〜い久馬)はツチヤを面白いと感じ、作家の見習いとして抱えることになった
世話役には山本(前田旺志郎)が押し付けられたが、二人のソリが合うことはない
その後、ピン芸人のトカゲ(淡梨)の作家をすることになり、ネタもそこそこに受けるようになっていたが、ツチヤは自分の名前が一切出ないゴースト状態に嫌気を差して辞めてしまった
そして、フリーになったツチヤは、今度はラジオ番組のハガキ職人として、ベーコンズという人気漫才コンビの番組にネタを送りまくる
ベーコンズのツッコミでMCをしている西寺(仲野太賀)はツチヤの投稿を気に入り、ラジオを通じて「一緒にネタを考えよう」と呼びかける
物語は、一大決心をして上京するツチヤを描き、そこでラジオ番組の構成作家見習いとして働く様子が描かれていく
番組のディレクターの佐藤(管勇毅)はツチヤを良く思っておらず、仲裁に氏家(前原滉)という芸人兼構成作家が入ることが多くなる
西寺はツチヤを評価していたが、正規ルートではない扱いが毛嫌いされていた
また、ツチヤが社交的でなく、常識的な付き合いができないことも溝をさらに深めていく
そんな折、ホストのピンク(菅田将暉)に構ってもらえるようになったツチヤだったが、東京でもゴースト状態になっていて、また現場が「本気で笑わそうと思っていない」と感じるようになって、さらに体も壊してしまうのである
映画は、笑いに取り憑かれたツチヤの日常を描き、笑いを作るためにどのような人が関わっているのかを描いていく
お笑いの裏方が登場し、構成作家のネタを芸人が披露している部分も赤裸々に描いていく
そして、本作の命題は「クレジットされる意味」となっていて、ネタに命をかけたチチヤはそれを褒賞として求めてきた
だが、ゴーストは所詮ゴーストで、いつかその時が来ると言われても、ツチヤは納得できなかったのである
物語は、構成作家になる難しさを描いていて、お笑いに対するある姿勢というものを描いていく
スタンスが違うと言えばそれまでだが、これまでの経験値で抜くところは抜いている状況と、単に若手のモチベーションを利用しているだけの人もいる
ツチヤが出会ったのは後者の方になるのだが、それでも視野が狭くて、お笑いのリアルがわかるのかは何とも言えない
氏家のように立ち回りが上手い方が成功するのはお笑いに限ったものではないが、その世界に関わり続けることと、その世界で名を馳せたいかで目的地が違うのは仕方がないことなのかもしれません
いずれにせよ、そこまでお笑いに自信があるのなら、自分でネタを見せるパフォーマーになれば良かったのにと思うものの、それができない性格だったのかなと思う
受け手とすれば、面白かったネタに放送作家が入っているかどうかは、その瞬間には気にしないものなので、クレジットで構成作家の名前があってもわからないと思う
だが、作り手としてのこだわりがそこにあって、彼は名前を呼ばれて認知されることを承認欲求にしているので、この着地点になるのは仕方がないのかなと思った
西寺が彼のネタを演じて、彼の名前をクレジットに載せたのは良心だと思うが、実際の世界だったら氏家の名前になっていたんだろうなあと感じた
菅田将暉と仲野太賀が光った
人間関係が不得意なツチヤタカユキは、テレビの大喜利番組にネタを投稿することが生きがいだった。毎日ネタを考え続けて6年が経った頃、ついに実力を認められてお笑い劇場の作家見習いになったが、非常識な行動をとるツチヤは周囲に理解されず相手にされなくなった。そんな彼を面白いと評価してくれたのが漫才師・西寺だった。彼から声を掛けられ上京することになり、ネタを提供してたが・・・てな話。
漫才や落語で笑いを取るためにネタ作りをしてる作家って大変なんだなぁ、って知れた。実在の作家・ツチヤタカユキの本を基にした作品らしく、彼役・岡山天音の狂気の演技は素晴らしかった。
それにもまして、西寺役の仲野太賀とピンク役の菅田将暉の圧倒的な存在感に岡山天音もかすみそうだった。
松本穂香が意外に可愛かった。
岡山天音さんの演技がとても素晴らしかった作品。 本年度ベスト!
ツチヤタカユキを演じる岡山天音さんの演技が印象に残る。
本作はツチヤが笑のカイブツになるまでの前日譚って感じの作品。
菅田将暉さんや松本穂香さん等、脇を固める役者さんも素晴らしい!
予想外に良かったのはベーコンズの西寺を演じた仲野太賀さん!
お笑い芸人でも行ける感じ(笑)
自分的に本作は怪演の総合デパート的な感じだった(笑)
思ってたのと違うストーリーにはハマらず。
でも役者さん達の演技にはのめり込めた印象。
本作はツチヤタカユキの苦悩を描いていた作品って感じ。
コミュ症っぽいツチヤ。
お笑いのネタを考える毎日で、その才能を認められるものの、上手く行かない感じ。
ツチヤの周りの人が彼を支えている感じは良かったけど、ツチヤが自分の殻を破れない感じがもどかしい。
ラストで自分の殻を破る感じにほっとするけど、これからって時に終わってしまう感じに満足度はそれ程では無かった。
本作は岡山天音さんの代表作と言っても良いかも( ´∀`)
最低クズ男が主役ですが、鑑賞に耐えられるか
何が「違う」の? 何が「嫌」なの? 何が気に入らないの? 人間関係不得意と自称するあなたに人間関係の面白さなんて描けるの? さっぱり理解出来ません、こんな奴本当のクズ男でしょ。挨拶も礼儀も親の有難さも友情も義理も人情も、そして愛も理性とて無きに等しい、ひたすら迷惑。こんな馬鹿を祝・初主演?の岡山天音が妙にリアルに大熱演で圧倒するものだから思わず擁護したくなりそうですが。しかし作者は何が嫌なのかは一切明かさず、ゴミダメ同然野郎のそれでも書き続ける驚異の姿をひたすら追う。
原作者ツチヤタカユキのほぼ実体験に基づくわけで、こんな嫌な奴でもこうして映画化される程に成功しているわけね。もとよりラジオ投稿で驚異の採用率を誇ったくらいなのだから、面白いと認める人々が確かにいたのですね。こんなクズ男でも笑わせられる事が出来るのね。笑いを作る、その一点だけにこれ程狂気の集中が出来るなんて、モンスターに他ならない、すなわちカイブツなのね。
それにしても「お笑い」って何? テレビに蔓延るお笑い芸人の多い事。毒にも薬にもならないその場限りの笑いで、人気者にのし上がり、お馬鹿の限りを尽くした低能番組に出演し、ひな壇に座り気の利いたコメントで生き延びる。ツチヤも正直なもので「売れたい」「有名になりたい」と上昇志向だけはしっかり持っている。下積みから馬鹿にされる苦難を耐え、ヒットの突破口から売名行為で金稼ぎ、こんどは冠番組持って有頂天、やがて大御所と称されて、高所からの発言が有難がられ。何をいったい勘違いしてんだコイツは、とも思う。
その裏で、ご本人のみならず本作のように構成作家の苛烈極まりないネタ作りの現実がある、本作はここにスポットを当てたわけです。ここまで追い込まれないと出来ないのか、ネタってのは。血の小便出してまで出来上がったネタは芸人の口から発したその瞬間に消えてなくなる。小説のように、映画のように、後世に残る事は一切ないと言うのに。そもそもが、世相なり真実なりを追求する高尚な指向は端から持ち合わせず、逆に一瞬で消滅する刹那こそを追い求めるのが正解なのかも。だから心に響く、考えさせる、真理に繋がるなどと大仰の真逆は百も承知。当然に馬鹿らしく意味も価値もない。だから面白い? だから下らない?
こんな奴の生き様に呆れればOKですね本作は、こうして映画として記録され残るのですから素晴らしい。このクズのオンパレード映画において脇に回った仲野太賀、菅田将暉、松本穂香、片岡礼子が異様に素晴らしい。主役がほとんどヒール然となっているせいなのか、ことにも菅田将暉は圧巻を超越した人間力を見せつける、助演男優賞のお手本のような完璧ぶりに登場するだけで画面が引き締まる。仲野太賀の中庸な温かさ、松本穂香のごっこの切なさ、彼女の過去を一瞬でほのめかす母親役の片岡礼子、には涙すら覚えます。
正直言えば、観ている最中本当に呆れ果て、イライラの極致の映画鑑賞ってのも疲れます、本当に。
でも、そんなの関係ねぇ!
おそらくは『牧野富太郎』も
同じにカテゴライズされる人間だったのではないか。
生活力はさらさら、経済観念も皆無の。
周囲がフォローしなければ靴の紐さえ結べず、
纏まった金が入れば後先を考えずに
研究と女遊びに注ぎ込んでしまう。
しかし多くの人に引き立てられ慕われもし、
百年以上先にも残る偉業を成した。
彼我の差は、那辺にありや。
『ツチヤタカユキ(岡山天音)』は
笑いに取り憑かれた男。
常に笑いを追い求め、
なにをそこまで・・・、と傍目には思える
厳しい修養を自己に課す。
が、それは笑いに限ったことであり、
前提となる生きる術に関してはからっきし。
コミュ力の低さは自覚も、
改善するつもりはさらさらなく、
自身が常に正しいとのスタンスは当然
周囲との間に軋轢を生む。
報酬は何の対価として得られるのか、
人間はなぜ挨拶をするのか、
何かをして貰った時に謝意を伝えるのはなぜか。
思い至ることすらまるっきり欠落しており、
強制する社会や習わしの方がおかしい、
要は人にはできない笑いを生み出せた者が勝ちとの信条。
とは言え、彼の目指す笑いは刹那。
例えば『ビートたけし』のキャッチーなフレーズは記憶も
その前後の「MANZAI」の内容を
どれほどの人が記憶しているだろう。
そうまでして賭す背景は見えては来ない。
彼の奇矯な行動と
笑いの為に手段を択ばぬやりようは
見ていて痛々しい。
感情移入はおろか、
傍に居れば必然的に距離を取りたくなるような。
にもかかわらず、物語りの主人公とした時には
異なる側面が表出。
エキセントリックな振る舞いが
俄然特筆すべき点に映る
(まぁ、自分の近くに居られるのは
ごめんこうむりたい)。
己が求める笑いや、他者への不寛容のため、
引き立ててくれる数人の味方さえ結果裏切ってしまうのは痛々しい。
ただ、実態がそうであれ、役者が熱演をし
スクリーンを通して観客が観た時に
なにがしかの感銘を受けるのは不思議ではある。
とりわけ
業の深さを見せつけられるラストシーンで
それを強く感じ取る。
怪物とは?
個人的に「天才」、「伝説」、「怪物」は他人が決める事で、自分で言う時点で格を下げてると思ってる。
「笑いは正義」の元にウケれば人格は二の次でいいのか?
そもそも客(世間)に届かなきゃ、ウケるウケない、売れる売れないもないのに。
ただのコミュ障のお話しにしか見えない。
岡山天音、頑張ったと思うけど、悲しいかな菅田将暉、仲野太賀に挟まれちゃね。
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