劇場公開日 2022年1月14日

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「ディテールに見どころがある」スティルウォーター 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ディテールに見どころがある

2022年1月20日
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鑑賞方法:映画館

 マルセイユの人口は87万人で、東京の世田谷区の91万人よりちょっと少ないくらいだが、面積は世田谷区の4倍もある。水辺は、多摩川に少し接しているだけの世田谷区に比べて、マルセイユは地中海に面していて、美しいビーチがある。東のカンヌやニースと西のモンペリエの中間くらいにあり、フランス有数の港湾都市だ。ただ世田谷区と違って、治安がかなり悪い地域もある。

 マット・デイモンが演じた主人公ビル・ベイカーは、準備もそこそこにマルセイユに飛ぶ。そして躊躇うことなく現地のどこにでも行く。大した勇気だ。もし当方が単身でマルセイユに行くとしたら、基本のフランス語を改めておさらいした上で、現地ガイドを入国から出国まで予約するだろう。ビルの勇気は、娘可愛さの親心もさることながら、フランスでは公共の場所で英語が通じるということが大きいと思う。同じように公共の場所で日本語が通じるなら、当方もマルセイユに単身で行くかもしれない。

 刑務所でのアリソンの人相が悪い。性格も悪そうである。しかしフランスの大学に進んでひとりで渡仏するくらいだから、父親と同じように勇気と行動力はある。ということは犯罪を犯す勇気も行動力もあるということだ。アリソンの人相が悪いおかげで、本当にやったのかやっていないのか、迷いながら鑑賞することになった。演じたアビゲイル・ブレスリンの演技力は褒めていい。
 マット・デイモンの抑制の効いた演技がいい。人相の悪い娘を見ても、ビルはたじろいだ様子も見せずに愛しく抱きしめる。親の愛は娘の人相など関係ない。娘が自分は無実だと言えば、絶対に無実なのである。
 娘からはあまり信用されていないようだが、ビルの頭は悪くない。むしろ回転が速くて決断力に優れているように思えた。たったひとつの名前、たった一枚の写真だけを手がかりにして進んでいく。なんとしても娘の無実を晴らさなければならない。「英語がわかるのか?」と聞いて「はい、私です」と答えた私立探偵には笑ったが、ビルはムッとしてすぐに出て行ってしまう。笑っている場合ではないのだ。

 様々な幸運に助けられたり、酷い目に遭ったりするビルだが、心のどこかでアリソンを疑う気持ちもあったのではないか。マット・デイモンの演技には、そう思わせるところがあった。99パーセント以上はアリソンを信じているが、1パーセントにも満たない僅かな心のしこりのように、疑問が残っている。ビルの視線や顔のそむけ方で、当方はそう感じた。

 フランス映画を見る限り、フランス人の多くは個人主義である。質問している相手の老人がアラブ人は全員犯罪者だという考え方を披露して、それを聞いたフランス人女性がこの老人は差別主義者だとして質問を打ち切ったシーンがある。
 相手の主義など気にせず、情報を聞き出す目的を優先しようとするビルに対して、フランス人女性は「あなたもアメリカ人ね」と言ってしまう。しかし多分あとで後悔したに違いない。自分がフランス人だからと決めつけられたくないように、アメリカ人だからという理由で人を決めつけてはいけないのである。これではアラブ人が全員犯罪者だと主張する老人と同じだ。このフランス人女性を演じたカミーユ・コタンは上手い。レディ・ガガ主演の「ハウス・オブ・グッチ」にも出演している人気女優である。

 色白のアラブ人を説明するのに使った「ホワイト」という単語をビルが聞き返すシーンがある。白人を指す「ホワイト」をアラブ人の形容に使った違和感があったのだろう。違和感を持つビルに対して当方は違和感を持った。ビルをその単語に反応させた製作者の意図が気になったのだ。
 スティルウォーターの近くにタルサ市がある。1921年に「タルサの虐殺」と呼ばれる黒人大量殺人事件が起きた。虐殺ではなく暴動だと主張する人もいる中、100年後の昨年、バイデン大統領は「暴動ではなく虐殺だ」と言った。深読みし過ぎかもしれないが、ビルにも人種差別の傾向が残っているのかもしれない。

 本作品は、複雑な思いでマルセイユを動き回るビルと、彼と関わりを持つ人々の人間模様を描く。と同時に、娘のアリソンも含めた登場人物たちの人生観を浮き彫りにする。弁護士は法を振りかざしてなるべく楽な道を選ぼうとする。大学教授もそうだ。元警察官はビルが道を踏み外さないように心配する。親切な人は常に親切で、自分勝手な人はとことん自分勝手、無関心な人はどこまでも無関心だ。加えて、それぞれの人々に目に見えない差別意識がある。フランス人に「英語はわからない」と言われたら、バカにされたと思うアメリカ人は多いだろう。ビルもそうだった。そういったディテールにこそ、本作品の見どころがあると思う。

耶馬英彦