劇場公開日 2022年1月14日

  • 予告編を見る

「アメリカ人ってやつは…"人生は残酷"」スティルウォーター とぽとぽさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0アメリカ人ってやつは…"人生は残酷"

2022年1月14日
Androidアプリから投稿

《祈り》例えばそれはトランプに投票していようがいまいが関係ない、リベラルであっても ---
・世界中どこ行っても英語さえ話せたらいけるだろ、向こうがワールドスタンダードな俺たちに合わせるべきだという考え・確信(どこに行っても我が物顔で、5年も経つのにフランス語を一向に覚える気もない!変わろうとしない体質)。
・アメリカは人種の坩堝って言うくらいで日々色んな考えの色んな人と生きてるから、どこ行ってもやっていけるという甘え・自信。
・そして、アメリカのすることなすこと正しいという思い込みや、それによって最後はヒーローが誕生して国民はそれに熱狂するという一種のお約束めいた驕り。
…そうしたアメリカ人の無意識なナショナリズム愛国心やプライド自尊心を皮肉ったというか、洗いざらい白日の下に晒すような内容だった。自分たちは特別で何やっても許されるという(無)意識を引きずり出す。アメリカの心、もはや信仰心にも近い盲信。しかもそれをアメリカ人の大好き大好物&心の拠り所のような父子(娘)のドラマでしちゃうというのがニクい!

国際社会から見たとき、世界の中心という自負ゆえか、根本的に厚顔無恥な国民性。知らず識らずの内に培ってきた尊大さ/頑固さ(Stubborn)。異文化も確かに障壁として用いられているけど、あくまでそれはアメリカ人側からの主観であって、それ以上に異邦人として海外・国際社会から見たときのアメリカの立ち位置やエゴ・欺瞞、横柄さみたいなものを浮き彫りにする試金石的装置のように思えた。現地の人からすると自分たちの土地で普通に過ごしているだけなわけであって、ある意味で逆ロスト・イン・トランスレーション。怪しさ満点な露店で壊れやすいロボットの玩具買って、勝手に住所聞いて土足で上がり込むなんて、その最たるだろう。他人の庭を荒らしてもお構いなし・お咎めなしか。
観客もまた主人公目線で素人捜査モノとして見ているし、彼の行動を応援 = 肯定しがちになるけど、ふとしたときにその事実の異常さに気付かされるという非常に入り組んだ構造。その巧みさとストーリーテリングにゾッとした。真実など見る人によって如何様にもガラリと変わるので実際無いようなもので、スローペースな過程にこそ意味がある。と思ったら直訳したら「(じってして)流れのない水」という意味になるスティルウォーターという地名・タイトルにも意味がある気がした。

トム・マッカーシー×マット・デイモン
マット・デイモンのすべてをなげうつような熱演がスローペースな犯罪スリラー/サスペンスという皮を被った重厚なドラマを成立させ、観客を引き付ける。彼が演じるのはタトゥーの入った犯罪歴のある現場作業員・肉体労働者で、以前働いていた油田をクビになって、仕事が見つからないまま、娘の無実を信じてマルセイユに降り立つ父親だ。間違いなくトランプに投票したであろうキャラクター。中退したもののハーバード大学にも通っていた優秀な彼とは相反する役柄だが、彼は線の太いゴリマッチョになった肉体改造はじめ見事な役作りでキャラクターにリアリティを与えている。主人公は以前の勤務先ITAのキャップを汚かろうとお構いなしにずっと被り続けている一方で、妻が自殺した後も、男手一つで娘に最善の教育を与えている。それも決して裕福ではない仕事柄で。…という如何にもアメリカ人が応援したくなるようなキャラクター設定・バックグラウンドが見て取れる。けどアメリカは世界的に見たときに紛れもなく裕福な国で世界の中心だ、そして裕福な者は恨まれる。
トム・マッカーシーでしかない作品だった。本作でも普段の彼らしく、ゆっくりと過程が描かれていく。丹念に物語が綴られていく。彼が10年もの歳月をかけて描きたかったものとは?真実などない、あるのは物語だけ。そもそも彼はアカデミー賞受賞した『スポットライト』でも"アメリカらしさ"を拒んでいた。むしろ告発していたと言っても過言ではない。もちろん権力に屈することなく独立した自由な報道の力という意味では非常にアメリカ的かもしれないけど、例えば『アルゴ』のようにアメリカ万歳を謳っていたわけではない。曖昧なエンディングに余韻が沁みる……どころではなく考えさせられる。最後はなんともやるせなくなる、広大な大地にその無力な思いを馳せる(ex.『ノーカントリー』)。そして頭をフル回転させて導き出した自分なりの答えが上述したような本レビューだ、少しでも合っているといいが。アメリカ人の勝ち取った"真実"にこそ意味がある!

"As you wish." "Yes, mom."

P.S. 試写会当たっていたのに仕事で行けなかったの悔やまれるけど、もし行っていたらここまでこの作品について考えて、自分なりの考察に至ることもなかったかもしれなかったから、結果これでよかったのかも。

とぽとぽ