スクールガールズのレビュー・感想・評価
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女の子が大人に一歩近づくところを見た
特別なことは何も起きないけど、女の子が一歩、大人の階段を上るところを丁寧に描いてあって、感じのいい映画だった。主人公のセリアは中学生ぐらいかなと思ったんだけど、調べてみたら11歳の設定だった。ひえー。
酒(親のを部屋で友達みんなで)、タバコ(みんなで1本回して吸う)、コンドーム(実際に使うんじゃなくて遊ぶ)、メイク、クラブ、バイク(そこらへん1周)など、大人っぽいアイテムやイベントをいろいろ試してみるんだけど、それらはまだセリアにはハマらなくて、これらの背伸びシーンはかえって子どもらしさが際立つ仕掛け。
そんなセリアの成長がはっきり描かれるのがラストシーンの合唱発表会。シスターからは事前に歌うメンバーと口パクするメンバーに振り分けられていたんだけど、客席にいつも仕事で忙しい母の姿を見つけたセリアは、口パクをやめて途中から声を出して歌いだす。友達にカラオケみたいなノリで「何か歌って」と言われても「下手だから」と断っていた彼女が、自ら歌う選択をする。
都会から来た転校生にいろいろ誘われて応じる→自分から映画鑑賞会を抜け出そうと持ちかける→一人で決めて一人で行動する(合唱本番で歌う)という3ステップにもなっていて、約100分かけて成長を見守ったという満足感が。
最初のシーンではみんなまとめて“厳格なカトリックの学校に通う少女たち”だったのが、ラストまでには、例えば信仰の度合いもバラバラだったりする別々の人間だということが分かっている。しみじみ、この子たちの将来が明るいものになるといいなと思ったり、でもそんな良くも悪くも同じような道をみんながみんな辿らないんだろう(大変なことに見舞われたりする子もいるだろう)という予感もしたり、せつなさとまで言わないけどそれっぽい感傷でエンドロールを見届けたりした。エンドロールの途中から音楽が、転校生のブリマが好きそうな当時のアッパーチューンに変わるのは、なんか違うなと思ったけど。
少女の青春物語。
楽しい学園生活を送るスペインの美少女たちの群像劇かと思いきや・・・
1990年代のスペインの修道院がやっている女子中学?が舞台。セリアは母子家庭で、お母さん役のナタリア・デ・モリーナがめっちゃ美人。お父さんはセリアが生まれてまもなく心臓発作で急死したことになっている。前半は学校生活でのあれこれで、転校してきた大人びたブリサからロックバンドの音楽をカセットテープでダビングしてもらったり、仲間でディスコに隠れて行ったり、男の子とのバイクの2人乗りして先生に怒られたり(チクり?)と青春しますが、他愛ない嘘つきゲームでの心ない同級生の発言を境に後半はガラリと母子関係にシフトします。母親には妹(セリアにとっては叔母さん)、母親(祖母)、祖母(曾祖母)がいます。曾祖母は認知症になってセリアの存在は全然わからないみたい。祖母はセリアに初めまして。美人のお母さんも辛いんだろうけど、セリアが可哀想。謎のベールに包まれた美人ママの過去を想像するうちに、さすがのスケベジジイもテンポの緩さから朦朧としてしまいました。セリアの将来がとても心配。
親しき仲にも妬みあり
少年少女が大人になる過程を描いた映画はたくさんある。親や教師や周りの大人たちの言うことを聞いていた子どもが自分で考え、周りの友人たちに刺激を受けながら成長していく。その過程はドラマティックだし、はかなさや切なさ、そして何よりもノスタルジーがある。
本作もそんな大人になる過程を描いたもの。バルセロナオリンピック開催のあたりのことなので、女性も勉強して仕事して自立しないとって考え方が浸透しつつあった時代背景があるのかもしれない。
少し大人びた転校生が来て、主人公セリアが徐々に遊びを覚えて行くという流れ。タバコ吸ったり、ディスコ行ったり、流行りのバンドの音楽を聴いたり、男のバイクの後ろに乗ったりするうちに、キリスト教の宿題や教えに疑問を感じたりしていく。
そして、父親がいないという家庭環境に対して疑問を深めていくのだが、正直ここらへんの落とし所がよくわからなかった。もしかして少し寝てたのか?俺。それくらいわかりづらかった。
少女たちが学校の教えに反発していく学園モノをイメージしていたが、そんな「スクールガールズ」的な話は序盤だけ。後半はセリアの成長にフォーカスを当てた物語になっていった。それはそれで悪くないが、みんなで仲良くつるんだり、恋したり、嫉妬や反発や仲違いしたりといった、もっと群像劇的な女学生の物語を期待していたので「コレジャナイ」感が強かった。
目覚めの頃
昭和の少女物語みたい
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