「復讐せぬは愛にあり」PIG ピッグ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
復讐せぬは愛にあり
B級映画への出演が続いていたニコラス・ケイジが最近復活の兆し。
その決定打となったのが、本作。
作品もニコケイの演技も高評価。本作で長編デビューとなったマイケル・サルノスキは『クワイエット・プレイス』前日譚の監督に抜擢され、ニコケイは多くの賞を受賞し、久々のオスカー候補まで後一歩だった。
ずっと気になってた作品。
話は単純。森で愛豚と暮らす男。時折訪ねて来るビジネス・パートナーの青年相手にトリュフ採りで生計を立てている。ある日豚を盗まれ、取り戻そうとする。
ジャンルは“リベンジ・サスペンス”。
ニコケイの役は元軍人とか。そのスキルを活かし、犯人どもを徹底的に追い詰め、血祭りに上げていく。
ニコケイもいつもながらのハイテンションのブチギレ怪演。
B級はB級でも、『ジョン・ウィック』のようなそういった面白味のあるアクション・スリラーだと思っていた。
いい意味で大間違い!
配給会社に問いたい。ちゃんと見た上でアクション映画を彷彿させるリベンジ・スリラーとしたのか…?
だったらマジで精神病院に行った方がいい。マジで。
そうでなくとも作品本来を偽ってまで宣伝し、観客を落胆させ、作品そのもののイメージを低下させた配給会社が悪い。
作品には何の罪も無い。
つまらない、期待外れ、裏切られた…などなど、作品に対する酷評や低評価。
これはとばっちり。
まあ好みの問題はあるだろうけど、もう一度言う。
作品には何の罪も無い。悪いのは配給会社!
本作はズバリ、アクション映画じゃない。
リベンジ・スリラーとか、そもそもサスペンス…でもない。それ風味ではあるが。
硬派なドラマである。
愛豚捜しのサスペンス的要素はあまり無い。
実行犯を見つけ出し、アクションは一切無い。
黒幕に辿り着き、ニコケイが「このブタ野郎!」と過激なバイオレンスも無い。
多少の緊迫したシーンや痛々しいシーンもあるものの、それらに期待すると拍子抜けだが、表向きは愛豚捜しのリベンジ・スリラーに見えて、本筋はその過程で主人公が自分の過去と向き合っていく…。
ニコケイ演じる主人公、ロブ。
誰とも関わらず、世捨て人のように森で愛豚と暮らしている。
過去に何があったのか…?
その過去はご丁寧に説明はされない。
が、台詞の端々から想像させる。
かつての仕事はシェフ。しかも、伝説的な名シェフ。その筋では名を聞けば誰もが知り、今も尊敬されているほど。
そんな彼に何があった…?
これも想像するしか無いが、そのヒントになるシーンと台詞がある。
ある食堂で、かつてクビにした事ある現シェフの元部下と再会。
夢を持っていたが、妥協してこの食堂を開いている。
そんな彼にロブは言う…。
周りを気にしてばかり。でも周りは誰も見ちゃあいない。
周りばかり気にして、自分を見失っている。
何だかこれ、ロブが自分自身を言ってるような気がした。
きっとロブもシェフ時代、何かあって…。幻滅し、全てを捨てた。
髪も髭も伸び散らかし、小汚ない格好。さらには殴られ、顔には血がついたまま。
一向に綺麗にしようとはせず、その格好のまんま。
周りの視線などどうでもいい。俺はただ豚だけを取り戻したいだけ。
ロブの目的ともリンク。
もう一つ。ロブには妻がいたようだ。が、今は…。
これも何か訳あり。だがやはり、これも語らない。と言うか、語りたくないのだろう。
説明不足との声もあるが、淡々とした本作のトーンやキャラ描写には合っている。
男は黙して語らず。
ニコラス・ケイジが抑えた演技で抱える陰と悲哀をたっぷり滲ませる。
最近のニコケイはB級アクションやサスペンスでハイテンション怪演が多いが、若くしてオスカーを受賞している演技派。その実力を改めて魅せられる。
間違いなく、近年ベストの名演!
登場人物はそう多くない。
メインとなるのはロブと、ビジネス・パートナーの青年と、その父親。
青年アミール。ロブと愛豚が採ったトリュフで成功を収め、唯一の接点者故愛豚捜しに協力させられる。
ほとほとうんざり。が、彼とロブには思わぬ繋がりある過去が。
母親とある料理を食べた。その料理が忘れられない。その料理を作ったシェフこそ、ロブ。
彼の母親は病に伏している。母親との忘れられない思い出…。
彼の父。この父親こそ、豚を盗んだ黒幕。息子の事業が気に入らず、それを妨害しようとして…。
要は親子喧嘩。哀れ、そのいざこざに巻き込まれ…って、もっと驚きと衝撃のオチを期待すると、確かにポカーン…。
無論、これがメインではない。この父親も何か抱えていて…。
今は大物として成功し、ロブの要求に対し金で解決しようとする。それでも引き下がらないロブに脅迫めいた事を…。
アミールの父って事は、彼もまた妻の事が気掛かり。
妻の状況、閉ざした心…何処かロブと通じる。
心を開かせる奇策として、ロブは久々に料理を作る。ちなみにこの料理シーン、何処か美しく、本当に本作は上質な人間ドラマだと思わせた。
実はアミールの父は、かつてロブがもてなした事ある客だった。その時妻も一緒に。
その時の料理を再現。
何だか『レミーのおいしいレストラン』を思い出した。似たようなシーンがあった。
思い出の味を食べて、人は心揺れない訳がない。
結果的に豚は実行犯が乱暴に扱い、すでに死んでいた。
泣き崩れるロブ。
その異常なほどの悲しみ。
彼は言っていた。豚を捜すのは愛だからだ、と。
彼は二度、愛を失った。妻と豚と。
ラストは森に戻り、愛豚と暮らした小屋で、愛妻の声が入ったテープを聞く。
彼は最後の最後まで逆上し、暴力に訴える事は無かった。
それどころか、自分から愛を奪った相手に愛を思い出させた。
復讐より、愛を想う…。
リベンジ・スリラーと思わせて、愛を謳う深みのある人間ドラマであった。