攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争 : 特集
「新聞記者」藤井監督が、SF金字塔「攻殻機動隊」を
手がける…観客の脳をハックする新時代の一作が完成
「マトリックス」などハリウッド大作に強い影響を与えたとされる「攻殻機動隊」シリーズ。押井守監督による「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」(1995)などを筆頭に、熱狂的なファンを多く抱える一方で、読者のなかには「押井監督版は観たけど、最近のシリーズはフォローできていない」という人もいるだろう。
このほど、シリーズ最新作の劇場版「攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争」が11月12日から2週間限定公開されるわけだが、本作はこの機会に、ぜひ映画ファンにこそ観てほしい作品である。映画.comが自信をもっておすすめするには、明確な理由がある。
監督を務めたのは藤井道人。異例のヒットを飛ばした「新聞記者」などを手掛け、一躍日本映画界における最重要人物の1人となった“超期待の才能”だ。そんな藤井監督が、SFの金字塔「攻殻機動隊」とコラボレーションを果たしたのである。
この特集では、本作の見どころと、実際に鑑賞した映画好きのレビュー、映画館でこそ観るべき理由を詳述していく。さて、脳をハックされる準備はできているだろうか?
【作品概要】映画界・超期待の才能が、
世界的人気作を“新たに構成”…果たしてどうなる?
まず前提として、以下のことを押さえたうえで記事を読み進めていってほしい。本作は士郎正宗氏の漫画「攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL」を原作とし、アニメシリーズ初となるフル3DCGで描いた「攻殻機動隊 SAC_2045」のシーズン1(Netflixで全12話が配信中)を、約2時間の劇場版として構成したものである。
●ストーリー/スタッフ…藤井道人は監督として“構成”を担当
2045年。経済災害「全世界同時デフォルト」の発生とAIの爆発的な進化により、世界は計画的かつ持続可能な戦争「サスティナブル・ウォー」に突入。全身義体のサイボーグ・草薙素子と元・公安9課のメンバーたちは、廃墟が横たわるアメリカ大陸西海岸で傭兵部隊として活動していた。そんな彼らの前に、驚異的な知能と身体能力を持つ存在「ポスト・ヒューマン」が出現。大国間の謀略が渦巻く中、再び「攻殻機動隊」が組織される――。
藤井監督は “構成”を担当。全12話からエッセンスを抽出し、ぎゅっと密度を凝縮した2時間の物語として再構成している。「なんだ総集編か」と思ったかもしれないが、実はそうじゃない。Netflix版とは「ほぼ別作品」と言ってさしつかえない、“映画的ダイナミズムにあふれる作品”を新たに創出したのだ。期待しつつ劇場へ足を運ぶといい。
●藤井監督とは? 「攻殻機動隊」とは? 改めて“すごさ”を振り返る
そもそも、藤井監督とは何者なのか? 特徴はなんと言っても“総合力”。脚本・演出・映像のそれぞれがハイレベルかつスタイリッシュであり、世界で十分に戦うことができる強度を備えている。
2014年に商業デビューして以後、早くからその才能に注目が集まっていたが、本格的にブレイクしたのはやはり「新聞記者」だろう。日本の政治の問題点に鋭く切り込んだ同作は各所で賛否を巻き起こし、第43回日本アカデミー賞で3冠に輝いた。綾野剛主演「ヤクザと家族 The Family」(2021)も高く評価され、今後も「余命10年」(22年春公開)など続々と監督作が世に放たれる。
また「攻殻機動隊」は、士郎正宗氏の漫画が原作。押井守監督とProduction I.Gが手がけた劇場アニメ「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」(95)は、四半世紀を経た今も日本アニメのマスターピースとして屹立するSF映画の金字塔である。
神山健治監督による「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」シリーズなど、近年も多くの作品が創出。神山と荒牧伸志のダブル監督を務めた新作「攻殻機動隊 SAC_2045」シーズン1は、2020年4月からNetflixで全世界独占配信中だ。
【レビュー】「押井守版は観た」という編集者が本作を
観てみた 映画ファンとして心くすぐられたのはどこ?
※映画.com編集部所属の編集者・尾崎秋彦(30代)が、本作を鑑賞してみた。「攻殻機動隊」の経験は、押井守監督作「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」「イノセンス」は高校時代にDVDで観たが、それ以降は未体験。
まず印象的なのは、やはり映像の質感だ。いわゆるフォトリアルというやつで、現実感がありつつ、一方でアニメチックでもあるという不思議な手触り。正直に言えば、あまり親しんだことのないテイスト映像だったため、最初は面食らった。あー、ちょっと入っていけないかも?と心配もした。
が、“少佐”こと草薙素子やバトーらが迫力のカーチェイスと銃撃戦を繰り広げると雰囲気は一変。フォトリアルは流れるように美麗な映像となり、アクションのスピード感や圧力を非常に適した形で表現していると感じた。難しい動きやカメラアングルも自由自在だ。
普段はそこまでたくさんアニメを観ないので、映像面については少しばかり不安視していたが、問題ないどころかむしろ魅力的に思えた。ほかにも映画ファンとして楽しめた要素はいくつもあったが、文字数の関係もあり、ここでは最もグッときたことをかいつまんで紹介する。
●キャラクターがやっぱり良い公安9課のメンバーに久々に会えて「やっぱいいね」と嬉しい限り! 少佐は相変わらず鋭利な刃物を思わせるくらい有能だし、バトーはそれをどっしりと支え、トグサくん(あえて“くん付け”で呼ばせて欲しい)は優しいがゆえに今回も振り回される。イシカワもひたすらハードボイルドで脇を良い感じに固めるし、タチコマはキュートで、人気キャラである理由がよくわかる。
本作では少佐らは公安9課を離れ、アメリカ大陸でゲリラと傭兵の中間のような活動をしている。一方でトグサくんは民間の警備会社でケチな仕事をしている。両者の別行動には理由があり、トグサくんは少佐たちの“気遣い”に感謝しつつも、心のどこかで「置いてけぼりをくらった」といじける。その、お互いのことを理解(ワカ)っている感じがたまらない。
また、ストーリーの要所要所で、有名映画の人物を彷彿させるキャラが登場するのも観ていて楽しいポイント。例えば「マトリックス」のエージェント・スミスや、「ドント・ブリーズ」の老人(一部ではスポイトじじいと呼ばれている)……彼らのキャラ造形には、映画ファンならきっと心くすぐられるはずだ。
●物語が難解すぎず、スッと入ってきて楽しい
「攻殻機動隊」と言えば哲学的で難解な物語というイメージがある(それはそれで非常に好きだ)が、本作はまた少しアプローチが異なる。藤井監督の構成は、重厚で示唆的なテーマの根を張り巡らせながらも、スカッとした爽快感とテンションの上がる疾走感に重きを置いているように思えた。
迫力のアクションとスリルあふれる駆け引きを、ぎっしりとした密度で敷き詰める。それだけでなく、緊迫のシークエンスの合間に静謐な展開を適度な割合いで盛り込むことで緩急をきかせ、“心地よい鑑賞感”になるように構成。映画的カタルシスを追求して編集された物語は、飽きることなくみつめていられる。
「全12話」と言われると、どうしてもハードルを感じてしまいがちだが、映画ファンが親しんでいる2時間サイズになっているため、いい意味で見やすい。さらに他シリーズの予習は必須ではなく、本作だけでも楽しめるように構成されているのはなんとも嬉しい。
ぎゅぎゅっと見どころが凝縮されているうえに、後半には新たなシーンも入っていて、普通に「あ、続きが観たいな」と思ったし、他シリーズも追いかけてみたくなった。「自分は今、沼の入り口に立っているな」と感慨に浸りながら、エンドロールを眺めていた。
【結論】これは映画館で観なければならない!
理由は他にも…大スクリーンで斬新体験を堪能しよう
レビューで詳細に“映画館で観てほしい理由”を紹介してきたが、ほかにもたくさんある。最後に3つほど深堀りして、特集を締めくくろう。
[理由①]劇場版は、Netflix版から新たなシーンが多数追加されている
「攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争」には、Netflix版にはない新規映像が追加されている。藤井監督によって約2時間の映画として再構成されたうえに、映画館だけで楽しめる新たな要素も入っているのだ。来年配信予定のシーズン2をより楽しむための重要なシーンの数々は、もちろん劇場版でしか観ることができない。
[理由②]さらに全カットをフルグレーディング つまり映像体験がよりハイクオリティに3DCGで制作されたハイクオリティな映像を映画館で万全の状態で見てもらうため、本作では全カットにフルグレーディング(簡単に言うと、映像の質を向上させること)が行われた。
また主題歌は、藤井監督とは「ヤクザと家族 The Family」でもタッグを組んだ人気バンド「millennium parade」による「Fly with me」。同曲においては、劇場版のためだけに新たなアトモスミックスが施されている。大スクリーンでしか味わえない体験ができるよう追求され、映像、音響ともによりゴージャスなものに進化しているのだ。
[理由③]なにより…藤井道人が参加した劇場版を、ぜひとも映画館で!
Netflix版「攻殻機動隊 SAC_2045」では、「東のエデン」などの神山健治監督が共同監督を務めていた。同監督にとって、本作は初めて自分以外のクリエイターに劇場版の編集をゆだねた作品。その理由を「他者の視点からSAC_2045がどう見えているのか知りたかったから」と明かし、「すでにシーズン1を視聴している人にも、別の解釈が見えてくるかもしれない」と語っている。
「持続可能戦争」というキャッチーなタイトルからも分かるとおり、ポリティカル・フィクションとしての魅力も高い本作。現代の日本に鋭く切りこんだ「新聞記者」を手がけた藤井監督が、神山、荒牧両監督から託された物語を、どのように2時間の映画として昇華しているのか――新たなコラボレーションで生まれた劇場版をぜひ映画館で“目撃”してほしい。
なお上映は11月12日から2週間限定で行われ、お得なムビチケが販売中だ。近くに上映館がない、どうしても観に行けないという方には、シーズン1全12話を収録したBlu-ray BOX(11月26日発売)という手もある。本編のほかにも豊富な映像特典などが収録されているので、ぜひチェックしてみてほしい。