「遠い日の幻」アリスとテレスのまぼろし工場 MP0さんの映画レビュー(感想・評価)
遠い日の幻
予告を観た時とかなり印象が違った、良い意味で裏切られたというのが正直な感想です。生々しいキスシーンこそありますが、露骨なエロや性的描写はない全年齢向けの作品です。(所々に中学生男子の視点からお届けする下ネタはありますが)
1980年代後半から90年代の日本がまだ元気だった時代に思春期を過ごした人には親戚や友人の家を訪ねたような懐かしさを感じる物語の舞台。
閉じ込められた世界は、日本の雪国を思わせる描写や寂れたシャッター通り商店街などの活気を失ったこの30年の日本のあちこちに見られる姿という暗喩でしょうか。
変わる事を恐れる心、見たいような見たくないような、見てはいけない異性の下着、初めて触れる異性の身体や唇とその鼓動や温もりの高まりなどの気恥ずしさに遠い記憶を呼び起こされ、悶える人も少なくないでしょう。
事なかれ主義でひっそりと絵を描く練習をしている主人公の菊入正宗。情緒不安定でツンケンしていて、男子を蔑むような口調と態度で接するヒロイン佐上睦実。
彼ら一人一人にモデルになった人物が誰か、想像させずにはいられないという意味でも、序盤から岡田麿里作品(あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない等)らしさ全開です。
この作品は今では学生たちのコミュニティに当たり前となっているテレビゲームもコンピュータもインターネットもスマートフォンも出てこない。中学生の主人公の揺れる恋心と、同性の友人らと群れて集まって過ごす何気ない日常の描写に、この時代も多分今も変わらないものを感じます。
作品タイトルの"まぼろし工場"は作中に登場する製鉄所なんだろうけれど、アリスというキャラも、テレスというキャラも出てこないけれど、作品全体の下敷きになっているのはルイス・キャロルの「鏡の中のアリス」(Alice in wondreland)から、ヒロインそっくりの女の子でアリスとテレスという言葉遊びでしょうか。
遠い未来から、あのキャラクターがテレスコープ(望遠鏡)のように過去を覗き込むような、懐古するように誰もいなくなった廃工場を望むシーンと掛けているのかも。
あとは現実と繋がっていない線路の向こうを目指して列車に乗るシーンなど時間を超越(タイムトラベル)するシーンは『バック・トゥ・ザ・フューチャーPatr3』のクライマックスのオマージュでしょうか。
(本作のスポンサーであるワーナーブラザーズはBTTFの版権を持つユニバーサルと2020年から北米で合弁会社を経営している)
ボケてしまっているように振る舞っていたおじいちゃんがここぞとばかりに活躍するシーンにニヤリとしてしまいます。細目のキャラは目を開くと覚醒は定番ですね。
他にもきっと多くの作品のオマージュが散りばめられていると思うので探してみるのも楽しいかもしれません。
惜しむべくは中盤以降のカタルシスが足らない気がしました。特に教祖様的な立ち位置の佐上は取り巻きが少なく、何処か孤独で滑稽…もっと野心だったり掘り下げがあったらとは思った。睦実の言葉から語られるイメージより薄っぺらい気がした。
また上映時間の関係からか人が消えていく事への喪失感の描写は諦めにも近く、喪失感や理不尽さに人々が慣れて変化しないことを徹底しすぎている事に私は物足りなさを感じました。
主人公があまり自己主張をしない性格というのもあるのでしょうけれど、不器用でも見苦しくても足掻く姿がじんたん(あの花)のようにもっと見たかった気はします。