「「現実」を生きる」アリスとテレスのまぼろし工場 TAKUMIさんの映画レビュー(感想・評価)
「現実」を生きる
私はこの作品に出会い、今まで経験したことのない苦痛を味わった。心の奥でずっと渦巻く色々な感情が、私をこの作品の世界へと否応にも導く。ここでは現時点で分かったことを自分のためにも、記しておこうと思う。
初めて見終わった時に思ったことは、「この物語はハッピーエンドなのか」ということだ。ここはネタバレあり、であるから容赦なく本編に触れるが、まぼろしの世界はいずれなくなる。というより、私はすぐになくなったのではないかと思っている。見伏の人たちは最後の最後で「生きている実感を」感じた。それは大きな変化であり、まぼろしの世界にあってはならないものである。そう考えて、主人公たちが消えていってしまうの想像すると胸が張り裂けそうだった。実際のところ、まだハッピーエンドなのかどうか分からない。それか、ハッピーエンドにしたくないと勝手に自分が思ってしまっているのか。まだまだ考え続けたい。
最後のクライマックスシーンでの睦実の言葉。「ねえ、五実。トンネルの先には、お盆だけじゃない。いろんなことが待ってるよ。たのしい、苦しい、悲しい……強く、激しく、気持ちが動くようなこと」
「友達ができるよ。夢もできる。挫折するかもしれないね。でも、落ち込んで転がってたらまた、新しい夢ができるかもしれない……」
「いいなあ。どれもこれも、私には手に入らないものだ」
これを聞いていると、これから現実で生きていく五実と、今現実を生きている私たちに向けて伝えたかったことだと思う。人は自分でも知らないうちに変化していく。変化していくことが喜ばしいことに思える日も、悲しく思える日もある。それは言葉通り、「たのしい」だけでない日々の連続。まぼろしの世界に生きる人々にとって、どれほどうらやましいことだろう。生きること。生きてゆくこと。痛みも、苦しみも、喜びも、楽しみも、全て含めて噛みしめたい。なんだか、それが、現実を生きていける私たちの使命のような気がして。
岡田麿里監督は試写会にて「これは恋の物語」であると話している。それは、まぼろしの世界が舞台であったからだと思う。睦実は五実の母として、恋の好敵手として、五実と対峙していったように見えた。約10年間五実の世話をしていく中で、一番五実の成長を見てきた。本来であればもっといろいろなことを学んで、感じて欲しかったはずなのに、それを五実のために禁じなければいけないという葛藤。それに一番向き合ってきた睦実だからこそ、ラストシーンをあのように描けたのだと思う。
「正宗の心は、私がもらう」
まぼろしの世界において、正宗は睦実のものであり、五実のものではない。五実は本来この世界にいないはずで、まぼろしの世界の正宗には出会わないはずだった。キッパリと言ってのけることが、逆に、未来へ行く五実のためでもあると考えたのではないか。五実に嫌われてしまっても良い、だって五実には自分ではない睦実、「沙希の母」としての睦実がいるから。そう思っていたのではないか。そう見るとこの物語は愛の話のように見えそうだ。しかし物語はまぼろしの世界を中心に進んでいく。現実ではない、まぼろしだからこそ、愛ではなく恋を描ける。
愛は恋の延長線上にあるのではない。
そもそもベクトルが違うと思う。
世界が終わる時に、誰を思い出すか。
パートナーを思い出すか、子供を思い出すか。
私はまだわからない。けれど時が止まったまぼろしの世界では必ず正宗は睦実を、睦実は正宗を思い出す。それは決して神が仕向けたものではない。恋する衝動が、世界を壊したのだ。
間違いなく、恋の物語であった。
最後に、このレビューはまだ未完成だ。
まだまだ理解が足りないところもあるし、行き過ぎた論理も存在するはずである。現時点で劇場2回、原作小説2回の私の考えである。
もっとこの作品を考えたい。感じたい。
叶わないことだが、ずっと劇場で見ていたい。
この作品は紛れもなく現在進行形で私を変化させている。
最後の最後に。
この作品を生み出した岡田麿里さん、心から感謝を述べたいです。
そしてこの作品を我々に届けてくれたMAPPAの皆さん、その他多くの方々に感謝してもしきれません。この作品に出会えて本当に良かった。
TAKUMI様
素敵なレビューを上げてくださりまして、ありがとうございます。
どこかモヤモヤしていた鑑賞後の気持ちがスッキリいたしました。まるでパズルのピースがあるべき所にきっちりと収まった感じです。
何度も拝読させていただければいただくほど「なるほどなぁ、そういうことか」と納得いたします。
私事ながら本編の予告を劇場で一遍観ただけで、すぐに劇場に足を運びましたので、『恋』が今作のテーマだったとは全く知りませんでした。
本来真っ先に感じとらなければならないはずでしたのに…
TAKUMI 様が書かれておられましたように、『愛は恋の延長線上にあるのではない。そもそもベクトルが違うと思う』という言葉は胸に刺さりました。私もその通りだと思います。
私も拙く考えてみました。『恋』とはその先の見返りを求め(悪い意味合いではなく)、『愛』とは見返りを求めない事かなと思いました。
五実は愛されたけれども失恋しちゃった気持ちの方が大きかったのかもしれないなと(初恋だったから)勝手に考えました。
失礼をいたしました。
今回、本当に楽しく読ませていただきました。
また気持ちの良いレビューを上げていただけるのを楽しみにいたしております。
ありがとうございました。