「素晴らしい演技と緻密な演出」ニトラム NITRAM shironさんの映画レビュー(感想・評価)
素晴らしい演技と緻密な演出
音の演出が素晴らしく、緊張感が続きます。
爆音上映か?と思う程ファーストシーンから全体的に音量か大きく、
攻撃的な波の音や耳をつんざく花火の音、胸の奥にまで響いてくる発砲音が恐ろしくて「お願いだからもうやめて!」と叫んで逃げ出したくなりました。
もしかすると主人公のニトラムは、音に敏感な体質の持ち主だったのかもしれません。
部屋に一匹だけ迷い込んで出られないでいる羽音が気になって仕方がない。
常に思考を邪魔してきて、会話に集中できずにイライラが募ります。
伸ばし放題で櫛も入れていないようなニトラムの髪とは対照的に、常に理髪店から帰りたてように完璧に切り揃えられた母親の髪。
「母親とはこうあるべき」「息子とはこうあるべき」「夫とはこうあるべき」といった固定概念にがんじがらめになっている…既に心は悲鳴をあげているのに、“母親として”の責任感から逃げずに踏みとどまってしまう。負のスパイラルの演技が素晴らしい。
そして、ニトラム自身も母親が目の前にいる自分ではなくて、理想の息子との差分を見ていることに気づいている。
差分を埋められない苦しさを吐露するシーンには胸が締め付けられました。
あの時、母親が認めていたら。
尊厳の無い孤独。
自分の存在を認めてくれる誰か。
あの時やり直せていたら。。。そう思わずにはいられないシーンの積み重ねが、1996年4月28日に向かっていきます。
そして、やや伸びた髪に、うっすら無精髭の生えたニトラム寄りの父親。
序盤の食卓のシーンだけで、複雑な家族のパワーバランスが描き出されていて興奮しました。