劇場公開日 2023年2月10日

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「「そこ」から追放された人間のしあわせとは。」コンパートメント No.6 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「そこ」から追放された人間のしあわせとは。

2023年2月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

2021年。ユホ・クオスマネン監督。フィンランドからモスクワに留学している女子学生は大学教授の同性パートナーと暮らしている。一緒に最北端の考古学的な岩絵を見に行くはずだったが、教授の都合が悪くなり、一人で行くことに。ところが、寝台列車の同室になったのは粗野でマナーのかけらもないロシア人の若い男。酒を飲んで絡んでくることに辟易していたが、どうやら自身は教授に体よく追い払われたことに気づき始めると、男の優しさと向き合うようになって、、、という話。
同性志向から異性志向へと性志向を変えていく家父長的な物語と受け取られかねない危険を冒してまで描いているのは、教授とその仲間たちがつくっている高尚で鼻につく知的共同体への憧れ。冒頭の主人公と教授のベッドでの振る舞いを見れば、そもそも主人公が同性志向だったのかどうかさえ怪しいが、知的共同体への憧れは見まがいようがない。「そこ」から見放されたと気づいたときにはじめて、主人公はロシア人の男と本当に向き合うからだ。途中で同行することになるフィンランドの旅人が英語をしゃべってギターを奏でる文化的な男であり、その男に騙されることもまた、男二人と女一人の三角関係的図式(これまた家父長的な女の交換図式)を描きつつ、その本質は文化的なものからの追放だ。「そこ」から追放された若い主人公の絶望と希望の話。
旅行前の室内からカットすると列車の客室内シーンとなり、すでにロシア人の男は座っていて出会いのシーンがないとか、列車が一晩止まる時に男が知り合いの家に誘ってそこで一晩過ごすのだが、結局その高齢女性の素性は明かされなかったりとか、手順を追って丁寧に話を作り上げていくわけではない。そもそも男の素性が謎だったり、いつ主人公に思いを寄せ始めたのか、それはなぜなのかもわからない。(中盤まではてっきり自殺願望がある男だと思っていたのだが)。なんとも不親切だというほかないが、それでも伝わるものがある。それがすごい。

文字読み