ベネデッタのレビュー・感想・評価
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ダフネ・パタキア
まず初めに断っておきますが、
僕は個人的に、中世ヨーロッパの世界観が苦手です。
ヨーロッパの国や人に、恨みがあるとか、キライとかじゃなく、
中世ヨーロッパの世界観が生理的にダメなんです、ごめんなさい。
(評価に影響を及ぼしてるかも)
そんな僕のレビューです。
事実を基に脚色した話みたいですが、グイグイ引き込まれ、
少しホラーっぽく、やはりエロティックに、
本当か?嘘か?神か?悪魔か?
いや、コイツって、もしかして?
と、サスペンスとして楽しめました。
面白かった♪
ベネデッタと親密になるバルトロメアを怪演したダフネ・パタキアは、
『ファイブ・デビルズ』でも強烈な存在感を放ってた。
もっと活躍してほしい。
4に近い、厳しめ3.5。
75点ぐらいかな?
マニピュレーター
本能的な行いが成功体験を重ね、成長し大人なるにしたがって恣意的になっていく過程が丁寧に綴られている
煙にまかれる観客はバーホーベンの術中に
性別を超越し颯爽と去っていく様は「ロボコップ」の最後のセリフに通ずる清々しさ
ベネデッタ
最初の奇蹟から掴まれたし、展開がずっとスリリングで飽きさせない。
バルトロメアの参入で、ベネデッタが苛まれながらもどんどん変容していく様がたまらなく良かった。
彼女の聖と性のバランスが絶妙で、両義を体現する主人公ベネデッタはホント見る者を揺さぶってくれる。
・・聖痕騒ぎからやがて院長へ、
からの、刑場の場面はホント骨頂でした。
宗教(組織)の欺瞞な感じの描き方も良かったし、はなから信じていなかった(であろう)元娼婦の院長フェリシタの振る舞いも、ベネデッタという訝しげな聖女によって最後ひっくり返ってしまう。
まったく人間ってやつは腐りおちて堕落することもできるし、奇跡だって起こせる(にちがいない)
そんな人の無限の可能性を感じてしまった
何故か厩舎での裸の二人をみてそう思えた
23-028
中世ヨーロッパの宗教観は日本人には理解し難い。毎度かんじる違和感。
神の御加護の下、神の代弁者である教会が権力と欲にまみれて、何やってんだか❓
予想よりも重厚な展開でしかもエロい。
修道女ってだけでもエロいのに本気でエロい。
ビルジニーエフィラ、素晴らしい美貌と肉体美でした😁
この罰当たりが~
ポール・バーホーベン監督作品。御年85歳。
木彫りのマリア様の下半身をディルドにしちゃうのは罰当たり過ぎますな。
ベネデッタはいわゆる演技性パーソナリティー障害だったんでしょうね。
もっとも、ベネデッタを誘惑して開発したのバルトロメア。お下品な娘。
クリスティーナはベネデッタが好きだったから飛び降り自殺したのでしょうか?
可哀想でした。
熱湯
聖痕
苦悩の梨という拷問器具
どこの穴に刺し込んだのかなぁ
痛みがなにより確かな深い信仰のしるしでもあり、異端の証の実証に使われる。おそろそや。
ポール・バーホーベン監督、歳をとるほどにどんどん屈折して変態になっていきますな。
信じる力=生きる力
バーホーベン作品、久しぶりに見たけど力あるなあ。
エロ描写と残酷描写は変わらない。
信仰心を精神的というより肉体的な感覚で目覚めさせている切り口が新鮮で面白かった。
正しい者が必ずしも宗教体験をするわけではないという描き方も、逆に世界の神秘性を感じさせた。堪能した。
今やる必要が
こうやって見ると聖書に書かれているようなこともかなり嘘臭くて、それでも自分でそれが真実だと信じているかのようなベネデッタからは、キリスト教もやっぱりカルト宗教だったんだな、とは思わせられる。
じんわりとしかし容赦なく女性を追い詰め、有無を言わせず裁くところなども、統一教会に浸食された自民党やそのものズバリのキリスト教原理主義のやり口そっくり。
そういう意味でバーホーベンらしい意地悪さでキリスト教というものの胡散臭さを描いている。今やる必要があったのだろうな。流石といえば流石の判断。
みんな大好きヴァーホーベン♥
全編ヴァーホーベンだった!!
齢八十を超えてもセックス、バイオレンスを描くヴァーホーベン
ベネデッタ役の彼女もいいのだが(この女優さん40過ぎてるのねワカイ!)、バルトロメア役の彼女が登場から最高!!
(とにかく自分の欲望に正直、カワイー♥)
連れションならぬ連れ〇〇シーン、よかったね〜(変態発言)
ヴァーホーベン監督は死ぬまで撮ってほしい!
宗教なんて
同じ信仰をもつものを集団化し組織化しただけの存在でしかなく。特別なものでもなんでもない。
むしろ、人類の歴史において巨大化していった宗教なんてなおのこと。全てがすべからく新興宗教だと言っても良い。と僕は思っている。
そんな宗教組織の中でも人類史中最も新興と言えそうな。イエズス起源のキリスト教が、内部崩壊しつつある兆候を感じた映画だった。
恐らく、ベネデッタそのものの事実は修道女にいながらレズビアンで随分阿婆擦れていたため隔離に及んで処罰された方。と言うのが大方の筋で、本作で描かれた筋は大半がポールバーフォーベンの創作だろうが、表現として発表できた時点で内部崩壊暗示ものだと言う理解である。
昨年秋に観たlambしかり、往々にして新興ゆえの離脱者発生は傍観者として見ていて面白い◎
人間、信仰は持てば良いしもつものも自由だが、集団化組織化は必要のない話。それが本作の問題提起w
最後に、いちいち冒涜を叫ぶ時のあの声がホラーで最高のコメディだったよ(^^)
奇跡と狂言
奇蹟を起こすと言われる修道女のベネデッタと若き女性バルトロメアの秘密の関係と、彼女を取りまく修道院と教会の複雑な物語を描いた作品。
初っ端から悪党と小鳥のフンの展開で、只者じゃない雰囲気を漂わす少女のベネデッタ。大人になり、ついにはキリストと会話したと言い出す彼女の体には、聖痕と呼ばれる傷跡が発生し、彼女に対する畏敬や疑念が渦巻く物語が始まっていく。
なかなか難しい作品ですね。ワタクシ自身は信仰とかは無いのですが、序盤はすっかりベネデッタの話は全て本当のように感じたが・・・バルトロメアとのやり取りから、徐々にその心の内に疑いを持ち始め・・・。
勿論、純粋な信仰心などを持つ人達も描かれる一方で、やはりここでも影響力が強いのは「権力」なのか。クリスティーナと、彼女を守り切れない元院長の所とかモロにね。そして、それすらも利用する強かさよ…。
果てして、聖女とされるベネデッタの事を本当に信じた人はどれだけいたのか?民衆はともかく、お偉方たちの中には果たして一人でもいたのかな?そして何より、本当に信仰心を持っていた者は・・・?
ワタクシには感想を文字起こしするのは中々できませんな。ただ、信仰と権力と・・・はこの時代でもなかなか切れないものなのか。そのあたりをリアルに、生々しく描かれていて非常に見応えがあった。ラストに向けての流れはまさに圧巻でしたね。
ちょっと長すぎるなぁ~というのと、ワタクシに何かしらの信仰心があればより高評価、あるいは低評価だったのか、とか考えちゃったり、ちょっと過激な描写がしつこかったかな~という印象でこの評価だが、それでも終始引き込まれたし、☆4.5にも最も迫ったとも言える、なかなかの傑作だった。
信じる者は救われる
マリア像から削り出した衝撃の道具は出てくるものの、期待していたよりは毒気が少なく、「信仰」をテーマにした「まっとう」な映画に思えてしまった。
ベネデッタの聖痕は、間違いなく自作自演なのだろうが、そのことを、権力を手に入れるためのペテンではなく、神から啓示を受けた結果として描いているところが、まず、興味深い。
彼女は、上昇志向の強い詐欺師ではなく、思い込みの激しい狂信者なのである。
それ故に、すべての出来事を「神様の思し召し」として受け入れる強さを持っているのだろうし、愛や自由よりも神を選ぶラストにも納得することができるのである。
同性愛を糾弾する審判の場では、なぜか、彼女を尋問する場面がなかったが、仮に彼女に証言の機会が与えられていたならば、真実を洗いざらい打ち明けていたのではないだろうか?実際、審判の直前に、そのようなことを言っていたし、そうしていれば、バルトロメアが拷問を受けることもなかったかもしれない。
その一方で、彼女を糾弾するために教皇大使を連れてきた前修道院長が、ベネデッタの処刑の場で心変わりをした理由が、今一つよく分からない。
自分が町にペストを持ち込んだことに罪悪感を覚えたからなのか、ベネデッタの存在によって神を信じる心を取り戻したからなのか。
いずれにしても、最期の瞬間、彼女の魂は救われたのだろうが・・・
OPPAI
かなり口コミが良さそうだったので鑑賞。今年1本目のR18+作品。
んー分からなかったというか相性が悪かったというのか…作品のテンションに乗り切れない自分がいました。
女性同士の性描写のシーンは思っていたより映っていなかったので興奮も何もなく、拷問シーンは映ってないけれどマジで痛そうでした。シーン自体は多くないのにこんなにもゾッとさせられるとは思いませんでした。見る人によってはゾクゾク具合が限界に達しても仕方がないレベルだと思います。
自分は宗教とかは普段触れないので、何に崇拝しているのかとかもチンプンカンプンです。そのため、黒死病がたまたま起こらなかった地でベネデッタを神の嫁として讃える絵面の凄さは、圧倒的ではありましたが、よく分からないままでした。
火炙りにされる直前で、ベネデッタを信じている市民が大逆襲を仕掛けて教皇大使を殺すまでいきますが、それほどこの時代の信仰心は強かったんだなと思いました。めっちゃ殺すやん笑となりましたが、フィールドに大きな変化が無いので、絵面のインパクトはそこまででした。
完璧に監督の性癖が全開な映画でした。とにかく全裸を見せまくるので、R18+に相応しい作品にはなっていました。自分にはどーにもハマりませんでしたが。御免被る。
鑑賞日 2/19
鑑賞時間 19:30〜21:50
座席 H-4
これは本年最高のアクション映画だ。
幼いベネデッタを父母が修道院へと送る途上に襲い掛かる野盗連中が、
ベネデッタの見せた奇跡の片鱗に何を納得したのかあっさり引き揚げてしまうというファーストシークエンスは、本作が並みの新作から隔絶した位置にあることを早くも予感させる。
この嘘のような呆気なさ。
本作はまさしく、本年最高のアクション映画であるのだ。
それは、17世紀フランスのルネサンス式教会の中で、修道女たちを前にした司教を被写体として、フォード張りの“同軸上のアクションつなぎ”が用いられているだとか、
或いは、ベネデッタが院長となり、その広い院長室にて初めて肉体を交わす機会を得た時にバルトロメアが見せる、前院長を外に締め出し、鍵をかけてからベッド脇のベネデッタに飛びかかるまでの驚異的な素早さだとかいった露骨なアクションを見るまでもなく、
バルトロメアが初めて修道院で過ごす夜、薄いレースの仕切りの向こうで身体を洗う彼女へ向かって、その仕切り越しにベネデッタが石鹸を投げ渡す仕草が1カットの中に収められているのを目撃するだけで確証できてしまうことなのだ。
アクション映画を撮ることしか考えていないヴァーホーヴェンにとって、
ベネデッタが神の啓示を受けた聖人なのか、或いは恐るべき知力と演技力を兼ね備えた策略家なのかなどという問いは心底どうでもいいらしく、
教皇大使を出し抜き刑罰から逃げおおせるクライマックスで、ベネデッタの振舞いを作中唯一明らかな作為によるものとして描いて説話を持続させつつ、
その後のベネデッタとバルトロメアの別れのシーンでは、設定の一貫性への考慮など一切なく、「そう決まっているから」とでもいうようなぶっきらぼうさで二人を離別させてしまうその姿勢は、
やはりアクション映画の素振りでしかあり得ない荒唐無稽な単純さを志向している。
であるから、二人が騒然とした広場から脱出する瞬間、画面の左から右へ向かって駆ける二人をフォローパンした別々のショットが3つ、パパパッといささか足早につなげられるのをみて無償の感動を覚えない人は、よもやいまいと思う。
そういえば、いまひとつの本年最高のアクション映画たるロウ・イエ「シャドウプレイ」にも共通する、説話的必然をいささか欠いた過剰さとして現れる“燃え上がる女”というモチーフは、
映画史に敏感な監督であれば身に着けておくべき時空を超えた映画的主題とでもいえるのだろうか。
剥き出し
感情も何もかもが映像として剥き出しになっているところがこの映画は凄いなと感じます。
凝った映画を撮る監督やテクニカルな映画を撮る監督、心情表現が上手い監督は結構いますが、凄いなぁ〜これって思わせる監督は個人的にはラース・フォン・トリアーと彼ぐらい。
毒キノコ
17世紀に実在した同性愛に目覚めて糾弾された実在の修道女ベネデッタ・カルリーニを題材にした話。
幼い頃テアティノ修道院の修道女になるところから始まって行くけれど、修道院も院長も何ともまあ生臭い。
そして18年後、父親に殺されると修道院に逃げ込んで来た少女バルトロメアを、ベネデッタと居合わせた両親の口添えで修道院に招き入れたことで動き始めて行くけれど…。
聖なる幻視に聖痕に、タイミングの良すぎる冠に、17世紀だから、とも思ったけれど、現代においてもオカルトを本気で信じる人もいるし、そもそも前例で挙げられた人達だって…ねぇ。
それに声の変化は頻発すると悪魔にもみえるw
自分は信仰心はないし、ベネデッタも知らないし、ましてやキリスト教の何たるかも良くわからないけれど、敬虔な方がこれを観賞したらどうなんでしょう。
色々な方面に配慮している感じはあるものの、ベネデッタだけでなく修道院長に出席司祭に教皇大使にと、兎に角権力のある人がことごとく生臭くて、まあそういうものだよね…と思わせるところまで画かれていてなかなか面白かった。
ただ、ラストのその後の説明のテロップを読んで、何だか急に冷めた。大したこと書かれていないんだけどなんでだろ。
女性が虐げられていた社会で権力を握るために、神からの刻印「聖痕」を...
女性が虐げられていた社会で権力を握るために、神からの刻印「聖痕」を矛にしてのし上がり、民や周囲をコントロールしようとするベネデッタ。これは神からの使命か、はたまたペテン師か。倫理や信仰、男性優位社会に強烈な楔を打ちつける。あまりにも鮮烈な一撃。
・女にも性欲があることを剥き出しに惜しげもなく描き切る。よくぞキリスト像をあのような使い方にしてくれたというか…さすがというか、唖然というか…
・バルトロメアを男らの暴力から匿い、自分が神の申し子を名乗ることで男たちに虐げられてきた村社会にメスを入れるとか、そんなところでは確かにフェミニズムなのかもだけど。
ただ「痛みに耐えてこそ強い女」像は前作「ELLE エル」でも同じように描かれてはいたが、特にあの拷問シーンはどう捉えていいのか。ストレートなフェミニズム映画ではないし、前作同様、これはフェミニズム?なのか??と思ってしまう過激な性描写もしばしば。(ああも裸体晒しすぎて女優のダメージ気になる)フェミニズムどうのこうのよりも、倫理やモラルに揺さぶりかけたいどころか、なぶり倒して混ぜっ返したいってだけのような気もする。
今回はそこに信仰や神という視点を据え置いた。すごい変だし、ものすごい捻れている。見てる方の、ジャンル決めつけの脳みそを、ぐちゃぐちゃに混ぜっ返したい。野心と狂気しか見えない。
・ペテンなのかマジもんの超人なのかはどうでもよくて、「神」を引き剥がして丸裸にされたのは人間の欲とか業とかでした。ぐらいのことなんだろうとは思う。
・バルトロメアの恥辱の行進は、ゲースロのサーセイを思い出した。
神を信じる者は救われたのか?
同性との情欲に溺れる破戒尼僧?であるベネデッタが時に周囲を欺きながら、時に人間としての欲望に忠実に強く生きた話・・・といったら現実派、理性派の皆さんはなんとなく腑に落ちるかと思います。
ただ、私の評価は全く逆で「神の声を聞いたベネデッタが、同様に神を信じて疑わない善良な人々を当時、黒死病と恐れられたペストから救った話」と確信しています。いや、史実はそうなってますしね。
後者のスタンスをとった場合、捉え方によっては色情狂、そして異端とされるベネデッタを神格化することにも繋がり、これでは厳格な宗教界から総叩きにあうでしょう。
だから監督はわざわざバランスをとり評価を曖昧にするために彼女が肉欲に溺れるシーンは大胆に、より煽情的に描く必要があった訳です。
このシーンに至るまで監督の小出しの人の情欲の見せ方、盛り上げ方、煽り方は本当、一流と言わざるを得ません。必要悪?とはいえ、結果として随分と目の保養になったことをここに告解いたします!
話はちょっとそれましたが、ベネデッタは聖職者としては論外で完全アウトじゃないかという濡れ場シーン、そして最後まで確定演出を出さなかった聖痕の自作自演の疑い、神のお告げが基本夢の中で、たまに変な内容になり信憑性に乏しい様(笑)・・・などで彼女自身の信憑性という点で煙に巻きますが、終始一貫して変わらないことがひとつ。
「神の存在を疑わず、絶えず崇拝してること」なのです。これを示すシーンのひとつで、ベネデッタの遠くを伺う様な視線は神の指示をリアルタイムで仰いでいる様で印象深く、非常に好演だったですね。
これとの対比で鮮やかだったのが、元院長と教皇の存在です。どちらもベネデッタ以上に欲望まみれ(笑)ですが、「立場上、見かけ上は神を崇拝してるようにみえるが、心の底で神様なんかいる訳ない」と考えています。態度に如実に現れていて、こちらの演技も良かったですね。
彼らが悲惨な目にあって自滅した結果論からしても、「神を信じるか信じないかが問題」であり、個人の欲望の追求、倫理観の欠如などは、「神への愛」が前提としてあれば十分許容されるという主張が映画の中で示されています。
また監督がベネデッタが妄想を叫ぶ狂人、もしくは狡猾で嘘ばかりついていたのでなく、実際「神の声を聞いていただろう」シーンをさらっと入れていることにも注目です。
夜空を不吉な光(実は彗星の尾)で彩られたのをみて、聖職者は不吉の前触れペストの襲来の予兆だと言い民衆を煽りますが、それを制止する様に彼女は「神に守られている証拠」と言い、暴徒化するのを防ぐシーンがありました。
彼女はこの民衆への大声での説明(煽動)の前に「あれは彗星」みたいなことを独り言で呟きますが、これって実は彼女が生きた17世紀において、こと修道院の教育、知識環境においては知り得ない事実です。
またペストの感染経路についても相応以上の知識があったと言わざるを得ません。都市ロックアウトは想像の範囲内ですが、教皇の脚を自らの手で洗う際にペスト感染者(後に発覚)の脚に噛みついているノミを意識的に潰してます。
ペストは患者間で飛沫感染する他、ネズミなどに寄生するノミを媒介して人間にも拡がります。
彼女はこの知識がベースにあって感染経路をつぶす対策が出来てたんじゃないか、と疑わざるを得ません。ペストの感染経路のメカニズムなんて、もっと後の時代に判明したのは言うまでもなく、彼女のこの知識は、彗星の存在を認めたことに並び、時代を超えたオーパーツ(時代考証的にあり得ないもの)であると考えられます。
これらの先見的な知識が神によってあらかじめ彼女にもたらされ、最終的に同じく神と彼女自身を崇拝してやまない民衆だけが彼女に導かれペストの難から逃れた、というのが落とし所としては最適かと思います。
神を信じるものは救われる。その主義主張だけだと実につまらない映画ですが、その過程が複雑で美しくかつエロティックな良作でございました。
ネタバレかつ、長文失礼しました。
ビジョンは、 神からではなく、 個人的なエゴによる幻想の肯定。
信仰の巨大さと奇跡は、
信者個人の自己愛への没入度と全信者信仰心の総和より幻視されるようだ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花
信者の中では、
多くのことは同胞愛として愛も嘘も方便として赦され、
信じる者だけが救われ、
そして教会が信者から儲けるのだろう。
そこには信者限定の法皇世界が広がっているのだろう。
信仰心が希薄な俺良には分からない。
でも、前修道院長が救われたのは花道だね。
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