「<ことしは戦後80年>」ONODA 一万夜を越えて HiraHiraHirappaさんの映画レビュー(感想・評価)
<ことしは戦後80年>
まず、戦争はいろんな人の人生を狂わせる。
小野田さん発見の報は、まだ私が10歳の小学生だった頃、すでに戦後30年。 日本は高度成長開始(東京オリンピックに新幹線開業)から10年。 もう万国博覧会も終え、戦争の記憶なんかお祖父ちゃんですらもうしなくなっていた頃です。
横井さんに続いて、二人目。ということは、おそらくこの二人以外にも、終戦後も多数の残留兵が東南アジアの各地にいたに違いない。 事実、インドネシアの駐留兵は戦後、インドネシア独立戦争に参加し、オランダ軍と戦い、今でもインドネシアの人々から記憶されている。
ただ、小野田さんが他の例と全く異なっているのは、いわゆる特殊工作を任務とする陸軍中野学校出身だった事だ。 そして、何度も何度も肉親や国の使節団がルバング島に来て、投降の呼びかけをしていたのも知っていた。早い時期にラジオを入手して、朝鮮戦争や東京オリンピック、アポロ11号の月面着陸や万博なども知っていた。
それでも投降してこなかったのは、特殊工作隊員として、これらニュースを謀略の一環だと考えていたからで、その考えを裏付ける証拠もあったのだ(もちろん思い込みだが、一度信じてしまうとなかなか変えられないものだ)。
しかし、その頑なな小野田さんを変えたのは、裸一貫で乗り込んで来た、いわゆるバックパッカーで世界を旅行していた日本人の青年(いわゆる団塊の世代)だった。小野田さんは、何を信じ、何を考え、何のために30年もの長い間、戦い続けてきたのか?
映画の最後に、中野学校の教官が青年と一緒にルバング島に赴いて、命令解除をすることで、やっと投降に応じたのだが、この教官にとっても、戦争という記憶を忘れ去りたい中、本当に戦争によって狂わされた苦悩が滲み出る内容でした。
映画の話はここまでです。日本に戻る決意をした段階で終わっています。
しかし、帰ってからの小野田さんの苦悩は、それからも続いていたようです。 帰国後数年で、ブラジルへ移住したのも、30年もの長い間、ジャングルで戦い続け、守るべき日本が、こんなにも変遷してしまっている事に、失望したという話も聞こえて来ます。
30年もの間、ジャングルで生き抜くなんて、並大抵の精神力と、日本が勝つと信じている強い強い気持ちが無くては、とてもできるはずありません。 その、守るべき日本がもはや、30年を経てどこにも存在しない事に失望したというのは、そりゃそうだろうなと思わずにはいられません。なにしろ、中野学校での教官ですら、最初は戦争に加担した事なんて忘れ去りたくて、ルバング島なんかに出向くなんて頑なに拒否していたのですから。
鉄砲撃ってドンパチだけが戦争ではない。あらゆる人々の人生を狂わし、狂気に駆り立てる。戦争が悲惨なのは、人が殺し合うだけではない。狂気に向かわせ、狂気に気づかない状況に追い込む事こそが、戦争の悲惨さを物語るんだと思います。
まだ最近の映画だというのに、これを観る事ができる環境は、非常に限られています。ですので、思い切ってブルーレイを買って観ました。3000円。
この映画が、どうして2021年まで製作されなかったのか。
どうしてフランス人監督なのか。
いろいろ、日本はまだ戦後を終えていないと感じさせる映画でした。