こちらあみ子のレビュー・感想・評価
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悲しく切ない
広島の海辺の町で暮らす小学5年生のあみ子は少し変わった子だった。父、兄、そして父が再婚した継母と4人で暮らしていて、好きなのり君など多くの人たちに囲まれて元気に過ごしていた。そんな時、妊娠してた継母の子の死産をキッカケに母が心の病になり、兄は不良仲間と遊び学校をやめ家に帰らなくなった。あみ子は風呂も入らず周りからイジメを受けていたが、純粋で素直な行動を続けていたという話。
あみ子は気に入った事しかせず、他人の気持ちを考えることができないので発達障害のようだった。周りの人達はイライラして付き合い、イジメにもあってそれでも明るく対応してるのは病気だから仕方ないのだろう。
観て気分の悪くなる面も有り楽しくないが、子供目線からの世界を見る事ができ、貴重な体験だった。
中一までを描いていたが、さすがに主演の子がやるには無理感が・・・。
キャストを変えるのも良さが無くなるだろうし、実写は難しいね。
チョコ無ししっとりクッキー
広島県で暮らす両親と兄のいる小学校5年生の風変わりな少女あみ子と家族の話。
原作未読で観賞。
母親から「あみ子さん」と呼ばれる同級生のノリ君が気になって仕方ない天真爛漫感情な少女あみ子の小学校から中学校までの様子をみせて行くけれど、母親が少し風変わりであみ子は発達障害というイメージを受ける序盤。
家族や友人を振り回しつつ、あみ子の見る世界や聞く音を織り込みながら展開していくけれど…変化していく母親や、溜め込んでいく父親、そして変わってしまった兄に対し、へこたれずあっけらかんとしている様子の多いあみ子をみて、一見幸せにも感じるけれど、家族のストレスの描写のインパクトが強くて自分にはどうしても幸せそうにはみえず、もう少し何とかならなかったのかなと。
幸せかどうかは他人がどうこういうものではないけれど、自分が子供の心を失ったからか哀しさばかりを強く感じてしまった。
背景説明として「にく♪」の描写もあり、母親の風変わりに感じたイメージは払拭されて、優しさを感じたけれど、それ以上作用しないならこれも不要に感じた。
青葉市子さんの控えめな音楽がいい
可愛らしいあみ子ちゃん
試写会で鑑賞しました。素直すぎるあみ子ちゃん、個性的な観れば見るほど引き込まれて愛おしくなっていきました。最後の海辺であみ子ちゃんに声をかけてくれたのは?やっぱり迎えに来てくれたお父さん?勝手に想像を膨らませてしまいました。誰もが生きやすい世の中になればと思います。
応答せよ、応答せよ。本日天気晴朗なれども電波悪し。
風変わりな少女・あみ子の言動によって、彼女を取り巻く世界が変化していく様を描くヒューマン・ドラマ。
あみ子の父親・哲郎を演じるのは『20世紀少年』シリーズや『そして父になる』の井浦新。
あみ子の母親・さゆりを演じるのは『そして父になる』『ソロモンの偽証』の尾野真千子。
Filmarksさんのオンライン試写会に当選したため、一足早く観賞させていただきました。
Filmarksさん、ありがとうございます♪✨
今回はインパクトのあるメインビジュアル以外、前情報を一切仕入れずに観賞。
出演者やあらすじを知らないまま観賞したので、どんな物語が展開するのか全く予想がつかなかった。
実は、途中までホラー映画だと思って観てた。いやまあ殆どホラー映画みたいなもんだったけど…。
作中で名言はされないが、あみ子はいわゆる「発達障害」のある女の子として描かれている。
落ち着きがなく、人の気持ちを読み取る事が出来ず、特定のものにしか興味を示さない。
思いついたことを表現せずにはいられない彼女の個性は周囲の人間には到底受け入れ難いものであり、それは彼女の家族すらも苦しめることとなる。
あらすじを読むと何やらハートフルな物語が繰り広げられるように思われるだろうが、実際のところはかなりハードな映画。
「家族の絆」とか「無垢な少女の煌めき」とか、「少年少女の友情」とか、そういう綺麗事は一切ない。
発達障害児を持つ家族の辛さがびしびしと描かれており、正直気が滅入ってしまった🌀
とはいえ、映画全体のトーンに重苦しい感じはなく、むしろ青春映画のような爽やかさすら感じられる。
それというのも、どれだけ過酷な運命があみ子に襲い掛かろうと、彼女の素朴な精神が最後の最後まで損なわれなかったからだろう。
クライマックスの「大丈夫じゃ!」に、救われた気持ちにならずにはいられない。
下手にエモーショナルな演出を行わない、徹底してあみ子の視線に寄り添う淡々とした語口は時に心地よい。
古き良きATG映画って感じで、その香りに懐かしさを覚えました。
この映画で語られている重要なファクターの一つは「コミュニケーション不全」。
平たくいえば「言葉に出さなきゃ伝わらないでしょ!」ということ。
なんでもズバズバと口に出してしまうあみ子にとって、大切な物事を秘密にしてしまう周囲の人間たちの態度は不思議でしょうがない。
そんなあみ子/世間の齟齬が全ての歯車を狂わせてしまう。
あみ子と世間とのコミュニケーション不全を、「トランシーバー」という小道具で暗示している点は、いかにも文学作品が原作な映画だなぁ、と思ったりしました。
一点、今回この映画を観賞して強く思ったことは子役の扱いの難しさ。
作中、あみ子は小5から中1へと成長する。
そのどちらもを演じているのは大沢一菜ちゃん。
一菜ちゃんは2011年生まれという事なので、現在11歳。撮影期間中は10歳だったのかな?
要するにリアル小5な訳です。
そんな彼女が中1を演じるわけですが、これがやはり中学生に見えない…😅
いくら制服を着ていても、やっぱり小学生に見えてしまう。
11歳と13歳。僅か2歳の違いではあるが、やはり子どもの2年はデカい。
あみ子の兄ちゃんなんかも後半は15歳という設定なんだろうけど、どうしてもそうは見えない。
アニメーションとかなら違和感なく描けるところだろうけど、実写はここが難しい。
まず小5のパートを撮影しておいて、その2年後に中1パートを撮影する、とかなら問題ないんだろうけど、流石にそんな贅沢なスケジュールは確保できないだろうし…。
うーむ、解決するのが難しい問題ですなぁ。
人間は群れを成して生活する生物である。
そうである以上、その秩序を乱す個体は弾かれざるを得ない。
こういう見方を、我々は多かれ少なかれ誰しもが共有しているのだと思う。
特に学校というコミュニティは、残酷なまでに異端を排斥しようとしますよね。
正直言って、自分もあみ子みたいな子がクラスメイトにいたとしたら、かなり疎んでいたと思う。
この映画を観て気が滅入ったのは、そういう自分の未熟な所を指摘されているように感じたからなのかも😥
楽しく観賞できる映画ではないが、一見の価値はあると思います。
大切なことは言葉に出して伝えないとね。
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