「「重い因果を背負わせてしまったものじゃ。」」鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
「重い因果を背負わせてしまったものじゃ。」
妖怪漫画で知られる水木しげる氏、だが、それとは別に反戦漫画も多く残したことで知られる。20代前半実際に戦地に赴き、壮絶な体験をした氏が戦争体験者として残した作品はどれも凄まじいもの。
特に氏の自伝的作品である「総員玉砕せよ!」では理不尽な戦争体験が描かれている。配属先のラバウルで所属部隊は彼一人を残して全滅し、一人生きて帰った彼に対して上官は言う、なぜ生きて帰ったのかと。当時の日本軍はお国のために命をささげることをことさらに美化し、それを戦意高揚に利用していた。下手に生き残ったりすれば敵前逃亡として処刑されることもあったという。生き残った水木氏は今度こそちゃんと死ねるようにと次の作戦への配属が決まっていた。だが、マラリアに罹患したために命拾いをしたという。
そんな体験が本作の主人公である水木の体験として劇中描かれている。その名の通り原作者である水木氏を投影した存在として。
本作はそんな水木しげる氏の生誕100周年の記念作品。そう聞くとどうしても本作を鑑賞中、氏の妖怪漫画と反戦漫画のエッセンスをうまく掛け合わせようとした作り手の制作意図が垣間見える気がした。
世間から隔絶されたような閉鎖的な山村、哭倉村。そこは一代で製薬会社を築きあげ政財界を牛耳るまでになった龍賀が支配する村だった。
その村で次々と巻き起こるおぞましい出来事。それはまさに因果応報ともいえるこの村が背負った深い業によるものだった。
龍賀がここまでのし上がれたのはMという謎の血液製剤の存在。その血液製剤こそ、ゲゲ郎の妻をはじめとする幽霊族を拉致してその血液から生成したものであり、その生成過程に必要な人間を村人たちが龍賀のいうがまま拉致していたのであった。
絶対君主として君臨する龍賀、その龍賀に絶対服従する村人たち、他民族である幽霊族を蹂躙することで栄華を極めた龍賀一族。だが、そのあまりに深い業ゆえに一族は村もろとも滅び去ることとなる。
その姿はかつて帝国主義のもと周辺国を蹂躙し、侵略戦争を行ったあげくに滅び去った帝国の姿を彷彿とさせる。あるいは幽霊族の血を搾り取り再度国を復興させようとする龍賀のその姿はまるで近隣国の戦争による特需で戦後復興を果たした戦後の国の姿とも被る。
人間を襲う恐ろしい妖怪たちは人間自身によって生み出された怨念が作り出したものだった。人間が作り出した妖怪によって結局は人間たちが滅ぼされてしまうという皮肉。劇中時貞が外部の侵入を防ぐために怨念でできた狂骨たちを使って結界を張っていたが、逆にその狂骨たちに滅ぼされるという、まさにこれこそ呪詛返し返しとでもいうのか。
だがこれら恐ろしい妖怪は本作では添え物に過ぎない。メインはやはりおぞましき人間ドラマである。
たった一人の強欲で愚かな支配者によって村全体が滅んでゆくこのストーリー。それは一握りの為政者たちが起こした戦争により多くの国民が犠牲となった現実と被るものだ。
劇中の「重い因果を背負わせてしまったものじゃ」というセリフは龍賀のいうがまま罪を犯した村人たちを憐れんでのゲゲ郎のセリフであるが、それはそのまま命令によって人殺しをさせられた兵士たちを憐れむセリフにも聞こえた。
理不尽極まりない戦争体験をした水木氏の思いが見事に反映された作品だったと思う。
登場人物もみな魅力的だった。戦争の傷を引きずった水木のキャラクターはいうに及ばず、鬼太郎の親父のキャラがとても良い。女性客が多いのは彼のキャラクターのせいかも、出来ればゲゲ郎を主役にしてシリーズ化をしてもいいのでは。
そしてこの手のミステリーでは定番ともいえる悲しき宿命を背負わされた沙代も良かった。でもやっぱり突出してたのは黒幕の龍賀時貞。一族の財産を守るために近親婚を続けていたハプスブルグ家のさらに上を行く、恐ろしく強欲なまでの野心家。
まさか、自分が転生するための人間を自分の娘に産ませるとは。その業の深さには地獄の閻魔も舌を巻く。冒頭で卵に閉じ込められていたのが彼だったというのがわかるところだけが今作で唯一溜飲が下がる場面だった。
あまりにも壮絶な物語、滅んだ村はまさに敗戦で焦土と化した日本の姿そのもの。その地の底から這い出して来る赤ん坊、墓場から生まれたそのおぞましき姿に希望を抱かずにはいられない。古きものを駆逐し、新たなる希望の世界を切り開く存在として。それは古きものの象徴である時貞に利用されて狂骨となり、最後までこの世をさまよっていた悲しき時弥の為にも。
劇場の予告編を見てまず見ることはないだろうと思ってたら、巷の評判がすごいことになってたので鑑賞してみたら、ほんとに度肝を抜かれた。
昨年度は「スラムダンク」、今年は「ゲゲゲの謎」と、日本アニメの底力をまざまざと見せつけられた。パンフ買おうと思ったら売り切れだった。
ちなみに血液製剤Mは現在リゲインという名前の精力剤として広く売られている。24時間戦えますか、ビジネスマーン、ビジネスマーン、ジャパニーズビジネスマーン。(噓)