「辛辣なSFか、センチメンタルなメロドラマか。」アフター・ヤン 村山章さんの映画レビュー(感想・評価)
辛辣なSFか、センチメンタルなメロドラマか。
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ヤンは、というか、この映画のロボットは、一度手にしたらスマホのような存在で、大企業のプロダクトとして正規品か海賊版か、有償修理か買い替えか、みたいな局面は完全に現代に生きるわれわれが日々さらされている面倒とシンクロしていて面白い。コリン・ファレル演じる父親に、クローンに対する違和感も、新しいものへの不信感を払拭できない旧世代の感覚と容易に繋がるし、現実の皮肉な写し絵としてのアプローチが上手く、SFとしても秀逸だなと思う。
ただ、結局はこの父親は、ヤンが隠していた記憶をこじ開けて、そこからエモさを摂取しているにすぎない、とも思う。結局ヤンは、人間が一歩先に進むために利用されたにすぎないのだ。コゴナダ監督の演出からは、その人間の身勝手さを皮肉な目で批評しているようには受け取れず、結構シビアなところに踏み込んでいるのに、感傷的なムードでごまかされたような、いや、ごまかされそうだったけど、ごまかされないぞ!という気持ちになってしまう。
オシャレなメロドラマとして受け取ればいいのかも知れないが、もっと深いところに届きそうなもどかしさがあった。
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