「裏切りとは何か」クーリエ 最高機密の運び屋 LSさんの映画レビュー(感想・評価)
裏切りとは何か
東西冷戦高まりし頃、一介の英国人ビジネスマンが何の因果か、英米両情報機関の依頼でスパイであるソ連高官との連絡役を引き受ける。
序盤、主人公がカバーである本業(ソ連への工業機械輸出)で対象者(国家科学委員会の職にあるGRU大佐)と接触を重ねながら親交を深める過程が軽妙に描かれるが、次第に家族にも秘密に活動することの重圧に苛まれていく。
主人公が内容を知らずに仲介していたのは、ソ連軍戦力の実態、そしてキューバへの核ミサイル配備の情報だった。
スパイに発覚の危険が及ぶと、英側は彼を容赦なく切り捨てようとする。彼の身を案じた主人公は一家を亡命させようと米側を頼って作戦を立てさせ、自らも計画を伝えに乗り込むが、作戦は失敗しスパイとともに主人公は逮捕される。
終盤は主人公の過酷で悲惨な拘禁生活の描写が続く。主人公は長期の拘禁を耐え抜いて捕虜交換で釈放され帰国し、スパイは処刑される。
どちらも実名で登場する英国人グレヴィル・ウィンとソ連人オレグ・ペンコフスキーの物語は事実に基づくという(どこが脚色なのかは私には分からない)。
ペンコフスキーが西側に情報を提供するようになった動機ははっきりとは描かれないが、西側との全面対決を辞さないフルシチョフの姿勢に切迫感を持ったことは語られる。
彼は紛争のエスカレーションを防ぐという自分の信念で情報を漏らし、彼の情報のおかげでキューバ危機は戦争に至らず回避されたという。だがそれは西側から見た評価であって、彼の最期はソビエト国家への反逆者としてのそれだった(銃殺されたとも、生きたまま焼かれたとの説もある)。
ウィンもまた、英国民として英情報部にこれ以上の関与を止められてもなお、ペンコフスキーを救おうとした。そして当然、ソ連側から見れば彼は体制を破壊する違法行為に関与した犯罪者である。彼が処刑されなかったのは保険が効いた(情報の中身を知らされていなかったので、厳しい尋問にも関わらず運び屋(クーリエ)以上の共犯であると立証できなかった)からに過ぎない。英国側は彼を解放させるために強い行動はとらなかった(理由はそうすれば彼が「重要なスパイ」だと示唆することになり、前記の保険が効かなくなるからと語られているが、それは「そうまでする価値がない」からともいえる)。結局、二人とも自分の良心に従って行動し、個人としてその帰結を甘受したといえる。
作品を観てからしばらく、何を書きたいのかもやもやしていたのだが、今日観た「コレクティブ 国家の嘘」や昨年の「ジョーンの秘密」とも併せて感じることは、たとえ愛国心があったとしても、国家の利害と個人の意思はかならずしも一致しないし、個人の良心に基づく行動を政府の立場に反しているからと一方的に「裏切り」と断罪はできないということだ。これは組織の内部告発でも、国を「貶める」報道でも同じだろう。
国の立場と異なる発言が命の危険につながる国は今も数多く、そうでなくても「嫌なら国を出ていけ」といった言説が日常的に飛び交っている中で、時にルールや空気を破ってでも、命をかけてでも声を上げる人がいると知ること、そう言える場を守ることが大切なのだと思う。
余談だが、ペンコフスキーがいつか国を出たらモンタナに住みたい、と語るシーンがあり、「レッド・オクトーバーを追え!」でボロディン副長が同じことを言っていたのが思い起された。メタ的には(全くの憶測だが)ウィンの自伝か何かにこの発言があったのを借りたのかと思うが、実は自伝がアングラでソ連国内に出回っていて、ボロディンがそれを読んでいたと想像すると楽しい。