「山田杏奈の爆発 (大嫌いな自分)」彼女が好きなものは bloodtrailさんの映画レビュー(感想・評価)
山田杏奈の爆発 (大嫌いな自分)
来ましたがな。来た来た。山田杏奈が久々に(割と)普通に可愛い役。と言うか、かわいさ爆発。クライマックスでも爆発して、ガッツリ泣かしに来るし。テーマは一見流行りのマイノリティものと見せかけて、実はグサリと刺しに来ます。コレは、しっかり年一候補でした。
甘っちょろく無い話。「見せかけの優しい世界」も「アリバイ作り的な言葉だけの寛容」も否定する脚本が大好き。学級会で理解者として発言するクラスメイトに向かって小野が言います。
「目の前の安藤を避けていたじゃないか」
体育館でマイクを奪った三浦さんは、カミングアウトして泣き崩れ。自らが自らを隔離するために作った壁を取り払い、静かに歩み寄って行く安藤。三浦さんが大好きな安藤の出した勇気が、一時的なものに終わりません様に。
ここが年一場面でした!
良かった。とっても。
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12/6 追記
◆なぜ、あえて「ホモ」なのか。
「ゲイ」と言う呼び方は、まだ良いとして。LGBTは、いわゆる人権屋・人権派の自称知識人と文化人、弁護士が使いだした呼称。当事者の中には、彼らが「当事者達を食い物にすること」を知っている者が居る訳で。具体性のない悪平等を、単に情緒だけで要求する人たちが溢れ返っている我が国にございます。実際、「ほっておいてくれ」と声を上げる人も少なくない訳で。
「ホモ」と言う言葉は、そうした偽善的風潮へのアンチテーゼ。
との理解。この映画が、あえてドロドロした、普通の人から見れば「汚らしい」性行為のシーンから、生々しくもドギツク始まるのは、あえて同性愛の実態を見せる必要があったから、だと思います。
◆「そんな目で見ないで」なんてのは求めていない
汚いものを見るような目で見ないで欲しい。存在を認めて欲しい。ってのは、ミッドナイト・スワンあたりの文法。この映画の真の主張は、ちょっと違います。
「同性愛の自分を嫌いになるな」
世間一般の人に「認めて欲しい」と訴えるより前に、ホモに向かって「自分が一番嫌いなのは自分」、だなんて考えちゃいけないよ。と囁いてくれる映画。だと思う次第。
男同士で0.01mmとか、勘弁してくれよぉ。って、正直思いますけどね。本人達が、それが良いって言うんなら、好きにすりゃ良いやん。って事で。
教室のシーンは急にドキュメンタリーっぽくなりましたよね。役者が脚本はをなぞっていると言うよりは、本当に話し合って出てきた意見を差し込んでいるような。わたしも「理解しているつもり」の1人なので刺さりますね。
体育館も良かった。何かするつもりなのだろうと思っていましたが、そういうことかと。
いきなりすみません。
この映画の山田杏奈さん、かわいいですよね。
活き活きとした表情もかわいいし、仕草もかわいい、そしてラストシーンは美しい。
さて、あの体育館のシーンはパンフレットによりますと、原作やドラマ版は二人はあそこでキスするみたいです。
映画の抱きしめ合う二人の方が、お互いを大切な人だと思っている感じが出ている気がします。