「茜色の「頑張って」」茜色に焼かれる 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
茜色の「頑張って」
映画監督で38歳と言ったら、まだまだ若手かデビューしたばかりの新人が多い。
が、この監督はその枠には納まらない。
作品を発表する度に、石井裕也は巨匠化していく。
そう感じずにはいられなかった力作であった。
公営団地でひっそりと暮らす母とその息子。
母は元劇女優の田中良子、息子は中学生の純平。
この母子を襲う社会の不条理さは、見ていて憤りが沸いてくる。
7年前、交通事故で夫を亡くした。
加害者はアルツハイマー症状の老人で、元官僚。
アルツハイマー故罪には問われず、それどころか加害者本人や家族から“直接”謝罪の言葉はナシ。事務的にお金で解決。
若い母親と幼い娘を轢き殺し、「私に過失は無い」と言い放った上流層ジジイのあの事件を彷彿させる…。
賠償金は受け取らず。施設に入っている義父の面倒も見ている。
加害者が老衰で亡くなり、葬儀へ顔を出す。
遺族は嫌味か脅迫紛い行為とおかんむり。弁護士を立て、厳重警告。
その弁護士も情けナシの言葉を浴びせる。
夫を失ったのはこっち。なのに、まるでこっちが加害者のような扱い。
コロナにより経営していたカフェが破綻。生活や一人息子を育てる為に、昼は花屋で、夜は風俗で働く。
花屋では店長から仕事ぶりを評価されていたが、店長が会社からあれこれ注意され、腹いせの捌け口に。コネ雇用の新人と入れ替わりにクビの対象にも。
風俗では若くない事を理由に客からチクチク文句を言われる。見下され、蔑まされ…。
母親が風俗で働いている事が知られ、純平は学校でいじめに。
…いや、いじめならまだ優しい。同級生らが終盤犯した行為は完全に犯罪だ。
その騒動の原因も母子のせいになる。
本当に見ていて、辛い。苦しい。しんどい。悲しい。
この母子が社会に対して何をした? 悪口を言い、犯罪でも犯したというのか…?
否! 寧ろ、事故の“被害者”であり社会の“弱者”だ。
母子共々それを充分承知している。
歯を食い縛りながら生きている。
こんな境遇にあっても。
母・良子は一見穏やかな性格だ。
加害者遺族にどんなに邪険にされ、弁護士から情けナシの言葉を浴びせられても、泣き喚き怒りを露にする事は無い。折れそうな心を、自分を保って。
仕事は誠実。花屋では真面目に黙々と、風俗では客から見下されても奉仕する。
平常心を保っているかのように見える。
彼女は元劇女優。感情を抑え隠し、“演じている”のか…?
不満、怒り、悲しみを見せないようにしているのか…?
良子も血が通い、感情豊かな女性だ。
その心の中では、拭い切れぬ悲しみを抱え、不満/怒りは今にも爆発寸前。
ある時、遂に心の内や感情をぶちまける。
彼女がずっと背負い続けている不満、怒り、悲しみ…。
その叫びに、私の心も打たれた。
人生の中で、苦しみ、悲しみ、恵まれぬ経験をした者ならば、誰だって打たれる筈だ。
今を生きる我々皆の代弁。
それを体現した尾野真千子のキャリアベストの熱演。
4年ぶりとなる単独主演作。ここ最近、比較的助演が多かった彼女。勿論素晴らしい脇固めを魅せてくれていたが、彼女は間違いなく、堂々と主演を張れる名女優だと改めて確信した。
喜怒哀楽を巧みに演じ分け、深みも感じさせる。
ラストシーンの“芝居”は圧巻であった。
尾野真千子の新たな代表作と名演を無視する輩は居ないだろう。
…いや、居た。またしても日本クソデミーは完全無視。ホント、おかしいよッ! バカじゃねぇの!?
社会から疎外され、誰の助けも得られず、声すら届かず、孤独。
しかし、そんな身でも心を通わせ、寄り添い合う者たちもいる。
息子の純平。時々母親の考えを理解出来ない事もあるが、母一人自分一人の二人三脚。
彼も彼で母親同様、不満、怒り、悲しみを抱えている。
それでも母親と同じく、愚かな言動を犯さない。
それだけで純平少年の人間像が分かる。
この母親にしてこの息子あり。息子は母の姿を見て育つ。
良子の風俗の同僚、若い女性のケイ。
彼女も客から見下され、仕事に不満を抱いている。
私たちって、底辺も底辺、下の下の人間。
実の父親からは…。
ある時妊娠が発覚し、相手の男に打ち明けるも…。
社会や周囲の男たちの、彼女に対する仕打ちや境遇はあまりにも酷い。
そんな彼女と良子の間に育まれる交流、支え合いは、こんな世の中に於いてただ唯一の力となる。
だが、彼女をさらにある病が…。
和田庵と片山友希、若手二人が存在感を発揮。体現している。
彼ら二人の物語でもあるのだ。
かつての同級生と再会し、交際がスタート。良子は風俗で働いていた事を告げると…。
亡き夫には愛人がおり、隠し子も。良子はそれを認知し、養育費を出している。
良子はさらに解雇、純平へのいじめは激化しボヤ騒ぎ、ケイは中絶…。
彼らに救済の手は無いのか…?
こんな世の中、誰も助けてはくれない。
自分から助けを乞わない。
こんな境遇でも、どんなに苦しみ、悲しみ、喘ぎもがこうとも、決して失わず、曲げないものがある。
自分自身。
その生き方、信念。
力強く、逞しさを持って。
2020年、コロナにより映画製作すら危ぶまれる中、どうしても本作を撮りたかったという監督。
コロナに真っ正面から挑み、コロナによる息苦しさ、社会への不条理を訴えてくれた。
ただ辛く、苦しく、悲しいだけの作品ではなかった。
生きて、生きて、生き続ければ、その先にある希望。
高らかな人間讃歌、母と息子の深い親子愛。
あの茜色の空。
茜色は燃えたぎる不屈の精神の母・良子の形容だとか。それと同時に、穏やかな優しさも感じた。
我々とこれからの人生へ、「頑張って」と優しく包み抱き締めてくれた。
近大さん
コメントへの返信有難うございます。
キネマ旬報での主演女優賞受賞、今朝テレビで知りました ☺️ 毎日映画コンクールでも主演女優賞を受賞されたのですね ✨ 素晴らしい!!
検索させて頂いたところ、スポニチグランプリ新人賞を、片山友希さん、和田庵さんが受賞されたとの記事も載っていました ✨
魅力的な俳優さん達のこれからのご活躍が益々楽しみです。本当に良かった。
ここ2年はコロナのせいで飲み会禁止。
会社の若手と話す機会もほとんど無くなり、何気に映画の話題に持っていく状況も生まれません。
なんだか寂しい限りです。
近大さん
私も、カスリもしなかったとは…でした。。( 受賞作品の半分位しか観ていませんが。)個人的には、尾野真千子さんに最優秀主演女優賞を差し上げたいですね。ケイ役の片山友希さんの演技も、素晴らしいかった。