「脚本は頂けない。」茜色に焼かれる waiwaiさんの映画レビュー(感想・評価)
脚本は頂けない。
尾野真知子がこれまでの取り組み方では演技できなかった、というようなことを言っていたので興味を持ちました。
お話は一言でいえば、シングルマザー応援歌みたいな感じの話です。しかし同時に、こんなひどい社会の中で、生きる意味を真面目に問いかけていたんですね。
シングルマザーの反逆っていうか、それによって生きるための推進力を得るということなんですが、理不尽な目にあいまくるシングルマザー役として尾野真知子では重すぎると感じました。
俳優陣は彼女も含めて、熱演で、それは見ていて気持ちのいいものではあるんです。しかし、シングルマザーに焦点を当てるのであれば、尾野真知子では強すぎるんですよね。シングルマザーとして差別されながら、肩身を狭くして生きてる役なんだけど、どうしてもそう見えない…
しかも反抗の中身も、おい、今の社会で怒りの向く先がそこなのか⁉︎ 脚本が本当に表層的で幼稚だなあとしか感じられなかった。石井裕也監督のオリジナル脚本ということなんですけどね。また、あーあな日本映画が追加された、正直そう思ったのです。
ところが驚いたことに、1100円もするパンフレットを読んでみると、ストーリーもさることながら、コロナ禍で映画を作るということにとても重点が置かれていたことが判明。パンフは主な出演者だけでなく、コロナ禍なので極限的に人数が減らされたスタッフの声も載っていて、制作現場の様子がわかり、中身はあるものでした。
それをみると主演の尾野真知子からして、最初はコロナ禍なので仕事はしないことにしていたのに、脚本を読んで出演を決めるなど、コロナによって出演者スタッフ全員大きな影響を受けつつある中で制作されていたのです。そしてそのことこそ、映画が作られた大きな動機なので、話もコロナ時代の中で展開しているんですね。マスクつけてたりして、筋とは関わらないですが。撮影は昨年の8月末から9月いっぱいに行われたものなので、本当に手探りでコロナ対策をしながらの大変な現場だったようです。
とにかく理不尽な社会に負けない!っていうことへ向かって、突発的に、しかし作らなきゃ!と作った映画らしいのです。
この製作陣の熱とは裏腹に、私はますますドン引きしてしまった。希望なしには生きていけないけれど、これで生きていけるのか…なんだか、ラストにほのかに提示される希望にまるでピンとこないというか。
しかも希望がなくなったら死ぬしかないじゃん、みたいなことも併せて言われてたりして…
社会への問題意識はわかったけれど、その先がとても線が細くて、現実社会で闘われている生きるための闘いの重さと比べて軽いんですよね。最後の自転車のシーンは、美しいけれど、なんかやはり頭の中で捻り出されたものでしかない。
最後に付けた劇中劇は賛否両論あるかもしれない。石井監督からしたら絶対に必要な部分でしょう。それは、彼の話を読むと理解はできる。しかし読まないとそこにこそ主眼があったとは、私は理解はできなかった。ええ、そこなの… みんな仮面をかぶって人生演技してるって?あるいは、芝居でしか本音言えないって?なんだかなあ…映画の熱量の中に入れず、さらに脱力。
最初に映画の隅に主人公のことを記載した一文が出てくるんです。そこに確かに監督の大事な思いが書かれていたんだと、パンフ読んでわかったものの、映画の前の宣伝があって、その後に朝日新聞ってのがバーンと大きくそれだけで出てくるから、まだ宣伝なのか?と思ってると、田中良子は…という一文が出てくる。そもそも田中良子が誰なのかもわからない訳ですからね、こちらは。主人公の名前ですけどね。そして何?と思ってるうちに映画が始まるので、その一文は忘れていき、そこに主題があったとはパンフ読むまでわからなかった。
現実のシングルマザーはこれで元気になるんだろうか?
シングルマザーの現実をなんとなく利用して別のことを表現しただけなのか?
とってつけたような希望なんかいらない。
コロナ禍で、このテーマでよく撮ったとか、俳優陣への賛辞だけで、批判がでてこないのなら、日本の映画界には私はやっぱりついていけない。
尾野真知子の力演はもちろん、息子役の和田庵、主人公の同僚役の片山祐希よかった。さらにたった2分ぐらいふら〜っと自転車に乗ってただけで、あとは写真のみの出演のオダギリジョーの存在感は特筆ものかも。俳優陣の良さが救いの映画ということになるのかもしれません。尾野真知子ファンにはお勧めでしょう。