「傑作の一歩手前だが、『今』の日本映画からこのような秀作が生まれたのが嬉しい。茜色の空に浮かんでいた雲の色は「朱鷺色」(私の一番好きな色)と言うんだよ。」茜色に焼かれる もーさんさんの映画レビュー(感想・評価)
傑作の一歩手前だが、『今』の日本映画からこのような秀作が生まれたのが嬉しい。茜色の空に浮かんでいた雲の色は「朱鷺色」(私の一番好きな色)と言うんだよ。
①コロナ禍の社会の中で生きる人々を描いたのは日本のメジャー映画の中では初めてではないだろうか。②さて、どんなにリアルに描かれていても劇映画は劇映画であってドキュメンタリー映画ではない。僕らも厳しい現実を観に映画館に足を運んでいる訳ではない。厳しい現実を観るのならば日常の僕らの周りを注意深く問題意識を持って見れば済むことだから(僕が実際に当事者=社会的弱者でないから、こんな悠長なこと言ってます)。③どんなにリアルに描かれている映画でも、やはり現実社会はもっと不条理・不公平で一杯だ。ただ、この映画はそういう世知辛くてやるせない現実を描きながら、一方でその中での“救い”を描き出そうとしているように思える。④ヒロインの良子は『世の中には悪い神も良い神(=救い・生きる意味)もいて、悪い神はあちこちにへばりついているから、頑張って良い神を見つけるの』という。そう救いは待っていても来ない。自分から探しにいかないと。その良子にとっての“救い”はケイちゃんであり店長であり、なにより『お前の母ちゃんは売春婦!』と苛められながらそれでも『母ちゃん、大好き』と言ってくれる純平の存在であろう。⑤「人間社会とそのルール」というのがこの映画の場合、底流として流れている。人が気づかなければ、咎められなければ、自分だけじゃなく他の人もやっているからという言い訳が出来ればルールを守らない人様の多い社会(歩行者が立っていても横断歩道で止まらない車の多いこと!)。でも他人を批判したりコミュニティから排斥するときはルールを水戸黄門の印籠のように持ち出す人達で構成されている社会。しかし、一人で誰にも関わらず生きているならともかく、組織や社会の中たくさんの人の中で生きていくためには、ルールは必要で守らなければならない。例えそれが理不尽であったり勝者に有利であったりしても。そして、ルールとそれを作り・守るということはヒロインの良子のキャラクターを代表する要素の一つともなっている。⑥生活能力に乏しくでも物事を突き詰めて考える男を好きになり、若いころはアングラ劇で観念的な芝居をやっていた女優だけあって良子も物事を突き詰めて考える方で言うことも時々意味不明。息子の純平に言わせると『むずかしい』。適当に生きている、“軽く”生きることが良いように思う人達の中では良子は真面目すぎるのだろう。⑦真面目すぎるから、ケイちゃんが『シングルマザーや風俗で働く女性ばかり狙う男たちがいてむかつく』と言っているのを聞いていながら、まんまとその狙いにはまってしまい、その上好きになってしまう純情さ。殺したいとまで思い詰めてしまう。純平の機転で事なきを得るが、母親が女の部分をさらけ出しても、(ケイちゃんが複雑な事情を抱えていることを薄々感じていながら…何故なら「愛は激烈だから…」)母親とケイちゃんとを守ると言う純平は男らしい。しかし、純平と店長以外はこの映画に出てくる男連中はみんな女性や社会的弱者を舐めている奴らばかりなのは情けない。⑧社会的地位が高いこと・社会的強者であることを良いことに、アルツハイマーであったとしても(アルツハイマーの者に車を運転させるなよ、と言いたいがこれも現実的には簡単には解決できない問題だ)実際に人一人を死なせているんだから先ずは謝罪するという人間として最低限のルールも守れない人間モドキたち。まあ、唯一彼らの肩を持つとしたらオダギリジョーも後続の車を確認してから道路を渡るべきだったことくらい。⑨冒頭、社会的強者(表社会の実力者)を護る立場の弁護士が後半実はヤクザ(裏社会の実力者)の弁護もするという皮肉。ことほど左様に世間様というものは奇々怪々です。⑩演出は始終緊張感を保っていたが中盤(良子が中学の同級生と再会する辺り)がやや中弛みする。それと、ケイちゃんには自殺してほしくなかった。コロナ禍で自殺する若い女性が増えたことを監督は反映したかったのだろうが、かつてメンタルを患ったことのある私としては登場人物を死なすのに安易な自殺という設定はとってほしくなかった。この2点が無ければ私の中では傑作になったのだが。⑪尾野真千子は熱演。世の中の理不尽にギリギリ耐えるには無感情を装わざるを得ない、笑っているが実はそれは怒っていること・泣いていることである、という良子の内情が伝わってくる。いつの時代でも世の中を渡っていくには我慢することです。役が良いこともあるが、永瀬正敏はいつもながらの安定した演技力・人物造形で安心して観ていられる。⑫ケイちゃんが問う『こんなんでもどうしても生きていなくちゃいけないんですか?』(中島みゆきの「生きていてもいいですか」と表裏一体だな)の答えは台詞の形ではついに出てこなかった。でもクライマックスのなかなか暮れない茜色の夕空の中にその答えがあるような気がする。