劇場公開日 2021年12月25日

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「実験的な意欲は伝わってきた」エッシャー通りの赤いポスト 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5実験的な意欲は伝わってきた

2021年12月30日
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鑑賞方法:映画館

 舞台挨拶の回だとは知らずに鑑賞した。実は舞台挨拶があまり好きではない。登壇者は映画の宣伝のために出ているから、当たり障りのないことしか言わない。そんな表面を取り繕った話を誰が聞きたいのか。
 当方の考えとは裏腹に、実際は舞台挨拶が好きな人がとても多い。今回も意外なほど観客がたくさんいたので、そんなに人気のある作品なのかと思ったら、上映後にわらわらと準備がされて舞台挨拶がはじまった。
 本作品は登場人物が多くて、この日は登壇した5名の他に十数名が座席に座っていて、ひとりずつ挨拶した。少しうんざりだ。当方は作品を観に来ているのであって、役者本人を見に来ている訳ではない。
 舞台挨拶が好きではないといっても、監督ひとりだけが喋るのは、製作の動機が垣間見えて好きである。そういう舞台挨拶を何度か聞いたことがある。先日ヒューマントラストシネマ有楽町で鑑賞した「香川1区」の大島監督の舞台挨拶がそのひとつだった。今回も園子温監督がひとりで語るのであれば、舞台挨拶を聞く意味があったかもしれない。

 本作品はオーディションの合格者51人全員が主人公だとのことで、監督が自分の頭の中にある典型をそれぞれの出演者に当てはめてみせた訳である。上手くいっている場合もあれば、そうでない場合もある。出演者の能力に左右されることもあるし、監督との相性によることもある。その両方もあるだろう。だから面白い場面とつまらない場面があって、当方にはつまらない場面のほうが多かった。
 数少ない面白い場面のひとつは、有名女優という設定の登場人物がインタビューでドストエフスキーを読んでいると答える場面で、具体的な作品名を尋ねるインタビュアーに対して答えをはぐらかすところだ。監督にとっての難解な作家がドフトエフスキーということでもあるのだろう。
 この登場人物は、バカっぽく見える自分の外見を返上するために、取り敢えず難しそうな作家の作品を読んでいると言った訳で、同じ知的レベルの取り巻きの反応と同じように「へえー、すごーい」と言ってもらえるとでも思ったのだろう。
 そのあたりは観客も含めた全員が分かっていたから、敢えてインタビュアーに作品名を尋ねさせて意地悪をした訳だ。この登場人物は本作品の中でも知的レベル最下位の設定と想定されるので、もし作品名を答えたら、シナリオ全体が覆ることになる。
 このシーンはある意味で本作品を象徴している。つまり登場人物たちは、誰が上で誰が下なのかを争う。中には自分はあなた方とは違うんですという立ち位置の人間もいるが、他人と自分を比較している点では同類に属する。その他は誰に対してもいい顔をしたい弱気な人物だ。

 ただひとりオリジナリティを追求する若い映画監督は、マウンティングと八方美人ばかりの主体性のない人間関係に疲れ果ててしまう。それは園監督が既成の映画関係社会に疲れ果てた姿にも見えた。
 本作品はオーディションをネタとした実験的な作品である。あまり熟(こな)れていないから面白さはいまひとつだが、既存の女優を使わない作品を作ってみせた園子温監督の意欲は、銀幕からひしひしと伝わってきた。

耶馬英彦