劇場公開日 2022年2月18日

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「冤罪、死刑、男女格差。世の理不尽に声を上げる監督・脚本・主演のマリヤム・モガッダムに敬服」白い牛のバラッド 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5冤罪、死刑、男女格差。世の理不尽に声を上げる監督・脚本・主演のマリヤム・モガッダムに敬服

2022年2月27日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

イランでは表現の自由が保障されておらず検閲があり、特に体制を批判するような作品は公開が禁止されたり、作り手が逮捕されたりする(ジャファール・パナヒ監督の境遇がよく知られる)。

そんなイランで女優として30年近いキャリアを築いてきたマリヤム・モガッダムが、冤罪や死刑といった国の法制度の問題点や、男尊女卑が今も根強いイスラム社会を題材にしたこの劇映画で、主演だけでなく脚本・監督(ベタシュ・サナイハと共同)も兼ねている。この映画を企画し、完成させて世に送り出したこと自体が、並外れて勇気ある行動であり、とてつもない快挙として敬服に値する。

死刑執行を続けている日本にとっても、無関係な話ではまったくない。先進国38カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)で死刑制度があるのは、米国、日本、韓国(ただし20年以上執行されていない)だけだとか。米国では昨年、バイデン政権が執行の一時停止を発表した。いや、人権に関しては日本は後進国なのだと認めるべきかもしれない…。

それにしても、胸が痛むストーリーだ。夫が殺人の罪で死刑執行されたのち、冤罪だったと明らかになる。残されたシングルマザーのミナには、聴覚障害で口のきけない幼い娘がいる。判決を誤った裁判官に謝罪してほしいと訴えるミナだが、会ってすらもらえない。引っ越しを余儀なくされるが、未亡人は家も借りられない…。

表現が不自由で厳しい環境だからこそ、並々ならぬ意志と情熱が込められた作品が世に出てくるのかもしれない。イスラム社会における女性像という点では、先述のパナヒ監督の「ある女優の不在」や、モロッコの女性監督マリヤム・トゥザニのデビュー作「モロッコ、彼女たちの朝」に通じる。罪のない夫を“殺された”妻、理不尽な裁判など、トルコ系ドイツ人監督ファティ・アキンの「女は二度決断する」に共通する要素もある。これらの映画を高評価した観客なら、きっと「白い牛のバラッド」も気に入るだろう。

高森 郁哉