劇場公開日 2021年3月27日

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「日本社会の「成熟」を強く望む」狼をさがして pipiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5日本社会の「成熟」を強く望む

2021年5月22日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

難しい

非常に深い作品だ。本作を韓国の監督始めスタッフが作り上げた事にも驚いた。もちろん、藤井たけし先生の企画や研究、助言があればこそだとは思うが、キム・ミレ監督の深い洞察力と、物事の本質に迫るセンスには敬服する。

本作は、三菱重工本社ビルからスタートする「連続企業爆破事件」についてのドキュメンタリーではない。
ここを履き違えると、本作の主題や制作意図をまったく理解出来ない可能性がある。
爆破テロなど、当然断じて許される事ではないのだ。これについては、当事者も関係者も、誰一人、弁護も擁護も正当化も美化もしていない。
この惨たらしい事実には一切弁解の余地は無い。獄中の東アジア反日武装戦線(以下、東戦)のメンバーは、自己批判と総括を繰り返し、紛れもない「殺人者」である自分の罪を悔い、極刑という罰を受け入れていた。議論の余地はないのだから被害者側のインタビューは不要だ。

また、韓国社会における「反日」の思想をアピールするものでもない。
監督はそれらすべてを俯瞰する視点で東戦メンバーの闘いの意味を描き出していく。この映画は「東アジア反日武装戦線」とはなんだったのか?を問うドキュメンタリーなのだ。

本作では、2人の人物のインタビューが強く心に残った。
1人目は東戦メンバー救援活動に携わる太田氏。(救援と言っても太田氏は爆破事件については厳しく断罪している。しかし、彼らが受けた量刑の重さは「国家権力による報復措置」の感は否めない。
深い悔悟と反省を得て自らの罪に向き合った者に、社会復帰の機会は赦されないだろうか?「救援」というのはそういう意味だ。彼らは人を殺傷しないようにと爆破予告もしている。現在であれば、おそらく人的被害は出なかったであろう。)

興味を唆られたのは、爆破事件裁判において東戦の主張は、70年安保の学生達とも違う「理解されない新しいもの」だったという点だ。
今でこそ「自虐史観」という用語で否定的に語られる(糾弾される、と言った方が適切か?)思考に近いと思うが「日本人は侵略者、加害者の末裔である事を自覚し、反省と悔恨からスタートせねばならない」という認識に根付くものだと思う。
「全共闘世代は加害を強調する自虐を好む」というイメージが世間にはあると思うが、これは決して学生運動の時期に形成されたものではないらしい。
ならば自虐史観は、三菱重工爆破以降、東戦の主張に共鳴した人々の中で、70〜80年代にかけて発生・増幅していったのではないだろうか?という仮説を抱いた。

キム監督は「日本の(東戦、及び賛同者の)反日は、敗戦後、侵略戦争の「加害事実」を語らずに、原爆の「被害事実」だけを叫ぶ日本に対する、(同胞の)批判」つまり「自民族中心にだけ思考する事に対する問題提起」
対して、「韓国の反日は
「被害事実」を中心に持続してきたもの。(やはり、自民族中心の思考)」
だから、韓国も日本も近現代史において「自らの加害事実について語ろうとしないのは似通っていると思う」と述べている。

キム監督ほどの人であれば、ベトナム戦争時に、韓国軍がベトナム民間人に対して、どれだけ非道な凌辱と虐殺を行ったかは当然知識があるだろう。監督はそんな部分で日本を非難などしない。
強制連行はあったかなかったか?
そんなもん、あったに決まっているだろう。同様に、アフリカ人のアメリカ強制連行もあったに決まっている。
英国がアフリカ人を捕縛し、アメリカに奴隷として売り飛ばしたのだって事実だ。欧米列強の猿真似をしていた日本が、当時の「世界的常識」を踏襲しなかったという方が信じがたい。
外交カードとしての戦略なのかもしれないが、歴史的事実を隠蔽する洗脳紛いの喧伝には辟易する。
そんなところは拘泥するような事じゃない。
まぁ、なんにせよ自虐史観の歴史はどうやら浅いらしい、という気付きを貰った。

2人目は、池田浩士京都大学教授の「暴力を考える時、それを持ってふるえるのは、圧倒的に権力の側だということだ。個人の側なんて、微々たるものだ。原発事故で命を失った人数は三菱爆破と比較にならず膨大だが、それはあまりに大き過ぎて注目されない。」という話だ。

東戦は、精神的に未熟な若者達が正義感から暴走し、取り返しのつかない過ちに至ってしまったが、しかし、その動機に私利私欲は微塵もない。
彼らの動機は「数多くの国民を過酷な労働と搾取で死に至らしめる事を疑問にすら思わない、横暴な権力に対する強い怒り」なのだ。
釜ヶ崎や三谷にいる者は搾取される労働者であり、丸の内にいる者は帝国主義に寄生する植民者だ!とした彼らの主張は、視野狭窄な屁理屈に過ぎない。
しかし、レーガノミクスに代表されるような新自由主義による著しい経済格差に対して、見て見ぬ振りを決め込む姿勢はどうだろうか?
原発事故の処理現場に送り込まれる労働者は誰か?誰かを死地に追いやる「危険の外注化」は自己責任論で片付けていいのか?
貧困老人の問題、独居老人の孤独死、社会底辺層の急増。
現在、日本の就業人口における15%、1000万人以上がアンダークラス、即ち貧困層に陥っている。平均年収は200万円に満たない。
これらの問題はすべて、東戦メンバーが闘おうとしてきた系譜に連なる。

太田氏は、日本の現行司法・行政制度、加えて社会の未成熟度にあっては不可能だが、と前置きし「死刑確定した東戦メンバーが、社会の中で生き直す事を夢想する」と仰る。

「世界で1番貧しい大統領、ホセ・ムヒカ」は、元武装ゲリラで獄中生活を送っている。しかし、武力行使を悔い、
刑期を終えてからは合法路線に改め、粉骨砕身、人々の為に活動を続けたところ国会議員に選ばれ、やがて大統領に就任する。
対して、東戦メンバーの浴田由紀子氏は66歳で刑期を終えるが「テロリスト」として近隣住民に拒絶され、郷里に帰りたくとも帰れない。
ムヒカを大統領に選ぶ国を思えば、日本社会の未熟さを憂えてしまう。

キム監督は、2006年に日本の観客から「日本の日雇い運動の前身は東アジア反日武装戦線だ。彼らの映画を作って欲しい」と言われたそうだ。しかし当時は自分に力量が無いと断念。
ドキュメンタリー監督としての技量アップに努め、2014年から資料や有識者探しに奔走。2021年本作公開に至る。
なんと、15年間という歳月を費やした作品であったか。深いメッセージ性にも納得だ。
「狼」は、近代文明により滅ぼされたニホンオオカミに由来する。
歴史上、近代文明の犠牲にされてきた東北や北海道の美しい映像と音楽が、「狼」が守りたかったものを叙情的に訴えかけてくる・・・。

レビュー評判の低さに、くだらない作品なのかと鑑賞を取りやめるか迷ったが、本当に観て良かった。
日本、そして東アジア諸国の社会的成熟を強く望むものである。

pipi
NOBUさんのコメント
2021年6月15日

おバカですいません。
流石に少し寝ないと、駄目ですね。
今日は早く帰宅して、寝よ❗

NOBU
NOBUさんのコメント
2021年6月15日

触れなば、落ちん。
吉田秋生の漫画で、トシちゃんの女友達が言っていた記憶が、あります。"私の蕾を落とさないで・・"
数々の蕾を落として来たNOBUでした。イタタタ。石を投げないで下さい!

NOBU
NOBUさんのコメント
2021年6月15日

おはようございます。
流石、教育論にも、お詳しいですね。勉強になりました。

NOBU
NOBUさんのコメント
2021年6月14日

今晩は。 ー 何だか、監獄に繋がれた男との、往復書簡みたい・・。ー
 ”推定無罪”を子供達に・・と言うお考えは、成程と思いました。
 只、ゆとり教育が導入された際に、真っ先に時間削減対象になった、”道徳””倫理”の影響を心配したのですが、現在のお若い方を見ていると、(例えば映画館での鑑賞マナー。)キチンとしている人が多いなあ、とも思っていますよ。
 ”現実の法廷や、検察の事情聴取では、処罰感情が優先されているケースも少なからずあると確信しています。”
 これは、その通りだと思います。偶々今日、他の方から、共感を頂いたので、少し手直しして「それでもボクはやっていない」のレビューを挙げ直しました。
 ”パンキョー憲法の論述テスト「9条は合憲か?違憲か?」では、思いっきり左派の教授に対し「合憲」と書く反骨者”
 ナント! ”触れなば切らん!”というキレッキレの雰囲気を身に纏っておられたのではないですか?

 ”10年ほど労組活動の最前線に身を置き、広島平和行進や反核デモを多数経験”
 ヤッパリ・・、pipiさんのレビューに重みがある理由が分かりましたよ。

 私は、入社以来、人事に長く在籍し、労組とは”犬猿の仲”ではなくって、”会社の両輪として二人三脚のように働いているので・・”(我ながら、嘘っぽいなあ・・)労使間関係の健全な距離を取りつつ、お互いの立場を尊重するという、仰るように”妥協なき中庸”を取る大切さと、難しさが最近漸く、分かってきた積りです。
 来週も、労組とのデカい会議です。メンドクサイなあ・・。(ホント、すいません・・。会議での説明は何てことはないのですが、資料チェックとか事前準備指示が・・。) 自分自身が成熟する事の難しさも、実感する日々です。

NOBU
NOBUさんのコメント
2021年6月13日

今晩は
 マア、レビューをお読み頂ければ、何を学んでいたかは分かりますよね。(実はここも、レビューが書きにくかった理由でもあります。)
 当時は、”阿呆学部”と山の先輩から言われていましたが・・。
 pipiさんのレビューレベルの足元にも及びませんが・・。
 それにしても、池田浩士教授の名前がスッと出てくるとは・・。(画面では一瞬でしたよね) 恐れ入りました。
 誤解を招くといけないので敢えて記しますが、私は小田中教授が度々仰っていた、白鳥事件の”疑わしきは被告の利益に”の人間の善性に軸足を置いた刑事訴訟法の考え方が若造ながら、心に沁みた者です・・。

NOBU
NOBUさんのコメント
2021年6月13日

今晩は
 漸く観ました。出来るだけ、フラットな心持で観るようにしました。
 そして、レビューが書きにくいドキュメンタリー作品でもありました。
 私は、思想的には中道左派ですが、学友に成田空港二期工事反対に行ったまま帰って来なかった人もいたので・・。心情的には・・。
 監督の、フラットな目線も良かったです。(冒頭のイムジン河の歌のシーンでは”しまった!”と一瞬思ったのですが、杞憂でした。
 イロイロと有難うございました。

NOBU
pipiさんのコメント
2021年5月25日

パルマコンさん、コメントありがとうございます!恐縮です。

日韓関係を色眼鏡を通さずフラットに見る事の難しさ。
また、ドキュメンタリー映画に含めるべき情報の取捨選択について、改めて考えさせられる本作となりました。

pipi
2021年5月24日

同感です。沢山の異議深いコメント内容に感服。

パルマコン