劇場公開日 2021年5月28日

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「邦題でスルーするのはもったいない良作サスペンスアクション」アオラレ 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0邦題でスルーするのはもったいない良作サスペンスアクション

2024年5月28日
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冒頭でニュース映像を用いて山積する社会問題をアレコレと雑多に並べ立てるくだりを観て、てっきり社会派映画かと思い込んでいたが、実際はラッセル・クロウ演じる異常者トムが好き放題に暴れまくる脳筋映画だった。

本作におけるトムの人物造形はコーエン兄弟『ノーカントリー』に登場する殺し屋シガーに近いものがある。自分の欲求のためであればどこまでも他者を欺き、蹂躙することができるサイコパス。それでいて殺人そのものを目的化している快楽殺人者という感じもなく、それゆえ人間性というものからもっとも隔たったところにいるような印象がある。

本作の場合、トムはいちおう社会に対する憎悪というヒューマンな行動原理を抱えてはいるものの、その憎悪はどこまでも曖昧であり、「社会が悪い」以上の射程を持っていない。そのあまりにも近視眼的な思考回路が、彼の他者との相互関係の乏しさを浮かび上がらせている。

とはいえトムは単にパニック映画のモンスターのようなコミュニケーション不可能のバケモノではない。むしろ彼の話術は非常に巧みで魅力的だ。カフェでレイチェルの弁護士と向かい合うシーンなどが好例だろう。トムはレイチェルの知人を装い、弁護士からレイチェルの情報を聞き出す。あまつさえコーヒー一杯を賭けた気の利いたゲームまで提案する。

しかしほどなく彼は「弁護士」という大文字の肩書きが惹起するブルジョア性に対する憎悪を急沸騰させ、その場で弁護士を刺し殺す。あまりにも唐突な変貌ぶりに唖然としてしまう。

ひたすら淡々と人を殺し続ける『ノーカントリー』のシガーよりも、その都度都度で人格が急変するトムのほうが場合によっては恐ろしいかもしれない。

その後幕を開けるレイチェル(&息子のカイル)とトムのカーチェイスはなかなか迫力がある。線路下のせせこましい道路でギュンギュン暴走しまくるシーンはウィリアム・フリードキン『フレンチ・コネクション』を彷彿とさせる。スタントを使ってるとはいえマジで危ないよな…

レイチェル&カイルvsトムの追走劇の最終決戦は民家に持ち越される。このあたりはありきたりな感じが否めない。ただ、冒頭でのレイチェルの美容師設定が意外な形で活きてくる。美容師といえばハサミ、ハサミといえば武器。トムにトドメを刺したのは彼女が尻ポケットに忍ばせていたハサミだった。

前半の緊迫したサスペンスに比して後半の展開がありきたりてあるという点において若干の不満は残るものの概してスリリングな作品だった。邦題のバカバカしさで鑑賞を見送るのはもったいない。

因果