劇場公開日 2022年1月14日

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「イーストウッド仕様に120%カスタマイズされた、ファンとキャリアに捧げる私的「ご褒美」映画。」クライ・マッチョ じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0イーストウッド仕様に120%カスタマイズされた、ファンとキャリアに捧げる私的「ご褒美」映画。

2022年1月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

良くも悪くも、クリント・イーストウッドを観るための映画だよね。

齢九十一にしてなお、スクリーン上で動き、しゃべり、演技する彼を観る、このうえない幸せ。
それだけで、なんかほっこりした気持ちになれる。
そんな映画だし、そういう客向けの映画。
しかも、実年齢に則した「相応の老人役」じゃない。
初老の役者がやってもおかしくないような「プチヒーロー」を、「年齢不詳の得体の知れない何か――クリント・イーストウッド」として、そしらぬ顔で演じ上げているのだ。
その意味で、あまり類例のないタイプの「変な」映画でもある。

だって、素に戻って考えてほしい。
こんな、きちんと歩けているのが不思議なくらいの老人に、
メキシコから子供を連れ帰るよう依頼する人間なんか、
そもそもこの世にいるはずないんだから(笑)。

なんか、クリント・イーストウッドだから、許されてるというか。
『許されざる者』ってより、『許されちゃう者』だよね。

これまでのキャリアに対する尊敬とか、イメージとか、
まだ生きて活動していること自体の奇跡性とかもひっくるめての、
映画の外も内もない交ぜになった奇妙な映画体験だった。

例えていえば、人間国宝の老女形を見て、「そこにはもう得も言われぬような艶と色気があって、女性の業みたいなもの演じさせると、さすがは●●屋さん」とか言うじゃないですか。
歌舞伎ファンからしたら、まさにそういう風に観る「訓練」が成されてるから、ちゃんとそう観えるんだろうけど、部外者から言わせたら「いや、こて塗りの立ってるのもやっとの老人見て、色気感じろって言われてもなあ」ってなりかねないし、それはそれでしょうがない。
それに近い感じ。

先に言っておくと、僕はかなりのクリント・イーストウッド・ファンだと思う。
僕にとって生涯最高の映画は『続・夕陽のガンマン』でこれからもあり続けるだろうし、
これまでの人生で何度『ダーティハリー』シリーズを観てきたか、それこそ数えきれないくらいだ。
この人は30年前に『許されざる者』を撮り、約20年前には『スペース・カウボーイ』を撮って、とっくにもう「敗れざる老残」をテーマにした映画を作り済みなわけだが、ほぼ実年齢で演じた当時の役柄には本当に説得力があったし、その系列において『グラン・トリノ』(2008)はガチ泣きさせられた真の傑作だった。
口先だけのリベラルを心底小馬鹿にしたような映画も多いし(なんでリベラル層まで真顔でこの監督の映画を褒めるのかよく分からない、マゾなのか??)、初監督作の『恐怖のメロディ』以降連綿と描かれる根の深い「女性憎悪」もこの人の闇の部分だと思うが(時にフェミニスト映画みたいな言い方する人いるけどあいつらマジでバカなのか??)、僕は本質的にクリント・イーストウッドが大好きだし、彼の作った映画もまた大好きである。

でも、今回のは映画としてはどうなんだろう?
少なくとも「この原作を映画化する」ための最適手がとられているようには、どうしても思えないけど。
当然ながら、もっと若い人間が主演をやるべき映画だし、もっとアクションがあっていい映画だし、肝心のロデオシーンがあからさまな吹き替え、みたいなダサいことはしてはいけない映画だろう。
何より、敵が手を出してもよさそうなところで、あえて何もしないで帰っていく、見逃すみたいなシーンが多すぎる。なんか、出演者がみんなで、クリント・イーストウッドをそっとおもんぱかってるみたいな……。

実は、店頭に原作がすでに並んでいたので映画を観る前に買って、すでに読みだしているのだが(これが、もうすげえ面白いんですよ)、まあまあ原作を徹底的に改変してるんだよね。「クリント・イーストウッドが出られるように、それに合わせて」。罪のないほほえましいのだと、原作ではマルタは「子連れの未亡人」だが、クリント・イーストウッドの年齢に合わせて、映画では「子供のおばあちゃん」になってるとか(笑)。

でも、たとえば原作では、少年の心をマイクがつかむシーンって、例の村で持ち金盗まれてから、「野生の馬をマイクが捕まえて、乗りこなして、慣らして、売りさばいて」お金を作るのを間近で見て、ロデオスターとしての彼の技量にハートを撃ち抜かれるんだけど、おそらくなら「今のクリントには難しい」って理由で、「気性の荒い馬を馴らす」だけのシーンに下位変換されちゃってる(しかもそこだけダブル)。
あれって、ストリートに生きる少年の心をつかむことと、野生化した馬を捕まえて馴化することは当然、物語のうえで相似形を成してるわけだし、原作を尊重するなら、絶対いじったり変えたりしちゃいけないシーンだと思うんだが。

全体に、原作はもっとシビアで、もっと主人公は追い詰められてて、もっと不幸な過去があって、少年はもっと懐疑的で、警察の追跡はもっと暴力的だ。そして、あえてここでは触れないが、ラストもぜんぜん違う。
こぢんまりとしたドメスティック・アクションであることには変わりないが、フィクションとしての濃度も、重さも、たぶん原作のほうが格段に上だろう。

それを、120%クリント・イーストウッド専用機として、徹底的にカスタマイズし、フルモデルチェンジしたのが、映画版の『クライ・マッチョ』だ、と言っていい。
半分は、身体的な条件に合わせて、負担の少ない脚本に変えることで。
半分は、ヒーローとしてのクリント・イーストウッド像に主人公を近づけることで。

前者は、映画として正直あまり褒められたことではない気がするし、後者は昔ペキンパーの『ゲッタウェイ』でスティーヴ・マックウィーンがゴネて、ラストがハッピーエンドになった話を思い出させる。でも今回は、監督が主演なんだから、まさに何でもありだよね(笑)。

結果として、映画版の『クライ・マッチョ』は、どこかのんびりした、幸せなテイストを身にまとったロード・ムーヴィーに仕上がっている。ラストの改変も、その延長上にあるものだ。
お話だけで考えると、「なにそれ、そんな終わり方ありかよ??」みたいな珍エンディングにも思えるけど(実際僕は映画館で爆笑した)、前半をあれだけ毒抜きして「ぬるい話」にした以上、ラストだけシビアにしてもノリがおかしくなる。そのあたりは、さすがクリント・イーストウッド、ちゃんとわかっている。
今回、偏った政治性はほとんどないし、女性観もドン・シーゲルやセルジオ・レオーネの頃に逆行したかのような「包んでくれる存在」「子どもと男を慈しむ存在」に限定されていて(敵役のメキシコ女はその逆の存在としてダメ人間認定される)、観ていて(今までのクリント・イーストウッド映画で引っかかったような部分での)不快だったり挑発的だったりする要素は、ほとんどない。
すべては、人生の最後に観る、スパイスは効いているが温かで幸せなほっこりした夢。
人生で演じてきた幾多の「ロデオスター風キャラ」をモチーフにとった、同人誌のような「最後のあいさつ」。
これはそういうふうに作られた映画だし、そういうふうに観る映画だ。

そもそも、90歳の人間がやるような話ではない時点で、「ありえない話」を「ありえない話」として楽しむように観客はおのずから誘導されるし、それを監督・主演も理解したうえで、「みんなも一緒にクリントと楽しもうぜ!」ってノリでふるまってくる。
「ロデオは吹き替えだけど、年齢が年齢だから、許してチョ!」
「部屋への侵入も、過程はすっ飛ばすけどわかってくれるよね!」
「殴り合いは徹底的にモンタージュでごまかすから、そっちの技を見てくれ!」
「代わりにマジで馬に乗ってみたから、そこはぜひ注目してくれ!」
「ラブもやるけど、あったかい目で応援してくれよな!」
みたいな。
で、こっちはアクションやロデオは適当に見逃すかわりに、実際にあの年齢でクリントが矍鑠と歩き回り、独力で車のソファーを持ち上げ、車のなかにぶち込むだけで喝采をあげるわけだ。
「すげえぜ! あの齢であんなアクション、独力でやってのけたぞ!」って。

クリント・イーストウッドは、大スターだ。
生ける伝説だ。いや、イキガミ様といってもいい。
なんで、まあ基本的には、もう何をやってもよいわけだ。
神様が受肉して地上に降臨して、また「演技」を見せてくれる……しかも、『運び屋』の年齢設定からはるかに若返った謎設定で、「動ける初老」みたいな役を楽しそうにやっている。
それで十分、といえば十分なんだと思う。
役者としてはもう引退したかと思っていたレジェンドがくれたサーヴィス特典。
それが長篇一本分もあるなんて、すごいご褒美感だ。

でもまあ、この映画を諸手をあげて傑作とか言っちゃうのは、たぶん違う気がする。
映画としては、原作に対して不誠実な部分や、まっとうでない理由で捻じ曲げられた部分が多くて、あまり褒められた出来ではない、いや正確に言うと、こういう「個人にカスタマイズすることを是とする」のは「お遊び」の範疇以外で表立って認めるのにはおおいに抵抗がある、というのが僕の個人的な感想だ。
あくまで、ファンと、自分と、自身の長いキャリアに捧げる個人的な映画として、「お互いの共犯性」のなかでひっそり愉しむ「小品」。そういう位置づけでなら、十分に楽しめる映画だと思う。

じゃい
LEOWORLDさんのコメント
2022年1月30日

私もあまり知らずに鑑賞しましたが、レビューを拝見させていただいて納得しました(^^ゞ

LEOWORLD
なないろさんのコメント
2022年1月17日

ほぼ知識を持たずに観賞する者です。原作ありきの作品だとは無知なあまり知りませんでしたが、レビューを拝見してとても納得がいきました。メキシコで結構な状況にも関わらず平気で逃げきれてしまうなど、普通の映画ならあまりお見掛けしないような展開はそういう事なのかと。

批判とかではなく、作品としての評価が的確なのと、クリント・イーストウッド愛が伝わる素晴らしいレビューだと思いました。勉強になりました。通りすがりが失礼しました。

なないろ