「幸福とは、足るを知ることで得るものでしょう」にしきたショパン ライアン=山中さんの映画レビュー(感想・評価)
幸福とは、足るを知ることで得るものでしょう
天賦の才に恵まれて、相応以上の努力を積み、当初は人格にも何らの問題もなく育った男性主人公の鍵太郎。しかし彼は、身の上の境遇における不運と、震災という無慈悲な悲運を端にして、人並み以上の成功を収めながらも、満たされない承認欲求によって卑屈になっていく。
果ては嫉妬という、人間がもつネガティブな感情のうちで最も厄介なものの一つに苛まれてしまうのである。彼の心はあたかも、自己顕示欲という獰猛な鬼に、喰い荒らされているかのようであった。
それと対比するように描かれる女性主人公の凛子は、比較的裕福な家庭に育ち、鍵太郎の悲運とは裏腹に、屈託なく好きな音楽に専心することによって、我が身の丈にあった成功を着実に収めていくことになる。
しかしながら、あろうことか鍵太郎の嫉妬の矛先は、元々親友である凛子へと向かってしまう。彼は彼女を高台の成功に導くことを口実として無理難題を課すことになるのである。そうすることで凛子からピアノの腕をも奪ってしまうことになる。
やってしまったことへの悔恨を鍵太郎が感じ始め、はたと気付いたときには時すでに遅し。いったい何が本当に大切か。そのことを鍵太郎に教えてあげたのは、他の誰でもない、彼の嫉妬の犠牲となった凛子であった。
人生における成功とは、あるいは幸福とは、いったいどういうことを指すのであろうか。この映画は、その疑問を投げかけて、最後には答えを視聴者に委ねる。
観る人によって受けとるものは大きく異なると思われますが、鍵太郎と似た境遇や悲運を経験したことのある人にとっては、感涙が止まらない作品であることでしょう。私はそうでした。映画館を出た後も、視聴の翌日になってもまだ、思い出し泣きをしているぐらいです。